RCEP協定が発効されたことで、世界のGDP・貿易総額・人口・約3割を占めるメガFTAが東アジアに出現しました。RCEP協定の発効は、今後の東アジアの経済成長に大きな影響を与えると予想されています。一体どのような経済効果が考えられるのでしょうか?
そこで本記事では、RCEP発効の経済効果や今後の展望、米国と中国の対立による影響について解説します。
貿易摩擦やコロナ禍などの地政学リスクが増えたために、経済安全保障の論理が台頭していることはご存知のとおりです。日本企業はサプライチェーンの再構築を迫られている一方で、FTAを駆使した国際貿易の実務は複雑化しています。
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RCEP発効による経済効果
RCEPの核となるASEANの経済統合は、AFTAの形成に合意した1992年から進められています。その結果、ASEAN域内の関税は撤廃されたほか、現在では通関手続きの簡素化も進められているところです。
ASEANはもともと域外対話国とする中国、韓国、日本、豪州・ニュージーランド、インドそれぞれと「ASEAN+1 FTA」を締結していました。インドは残念ながら交渉から離脱しましたが、RCEPはこのASEANを中心に放射状に伸びるASEAN+1 FTAを網羅するように構築された経済連携です。(注1
またRCEP協定の発効は、日本にとっては中国と韓国との間に初のFTAが誕生したことも意味します。以上を踏まえて、RCEPが東アジア経済に与える経済効果について4つの観点から見ていきましょう。
東アジア全体の経済発展
地政学リスクのために保護主義が拡大しつつある中で、RCEPは世界経済を好転させる可能性を秘めています。RCEP協定の発効によって、東アジア全体のさらなる経済発展が考えられる理由を2つ見ていきましょう。
1つめは、北東アジアと東南アジアからなる東アジアは1990年代以降、「ファクトリー・アジア」と呼ばれる製造業をメインとした国際的生産ネットワークとして世界をリードしてきた点です。RCEPはこのファクトリー・アジア全体をカバーしています。(注2
2つめは、RCEP協定の発効により初めて日・韓・中の3国がFTAで結ばれた点です。日本にとって最大の輸出先である中国、第3位の韓国がFTAで結ばれることは、さらなる貿易の促進を意味しており経済効果は大きいと言えるでしょう。(注3(注4
経済活動に必要なルールの整備
RCEP協定の発効は、「知的財産」「電子商取引」「競争」など新分野で経済ルールが整備されたことを意味します。ルールの整備は、東アジア地域の経済活動がさらに成長を続けているために非常に重要です。
また通関の迅速化につながる「税関手続き及び貿易円滑化」の措置が講じられました。加えて、RCEP締結国15カ国の間で統一された原産地規則が適用されるようになったことから、貿易実務の効率化やコスト軽減などのメリットがあります。(注5
これまでは手続きの複雑さやコスト面でFTAの利用をためらっていた企業も、RCEP協定を利用することが考えられるために、その経済効果は計り知れません。
サプライチェーン整備の促進
発効されたRCEP協定を利用すれば、東アジアの生産ネットワークの整備やサプライチェーンの再構築が可能になります。
サプライチェーン整備の促進が想定される理由は、RCEP協定における原産地規則に採用された「累積」規定です。原材料や部材の調達をRCEP締約国内で行い、「域内原産比率が40%以上」などの累積規定を満たせば、RCEP協定の関税削減メリットを享受できるようになりました。(注5
さらに日・韓・中の3国がFTAで結ばれたことで、中国や韓国を含めてサプライチェーンを再編することも可能になったのです。とくに中国は約87%の品目で、韓国は約78%の品目で日本からの自動車部品を輸入する際の関税を撤廃します。(注6
加盟国間に存在する経済格差の縮小
RCEP協定の発効によって、今後開発を目指す国々が域内経済格差の縮小という恩恵を受けることも期待されています。(注3
後発開発途上国とされるカンボジア、ラオス、ミャンマーが参加するなど、協定を締約した国々の間に大きな経済格差がある点がRCEPの1つの特徴です。実際にこれらの国々の存在は、全20章からなるルール策定にも影響しています。
RCEP参加の恩恵を受けられるように、足枷になるような「環境」「労働」といったルール整備は行われませんでした。一方、策定されたルールの中には「締約国間の経済格差縮小のための経済協力及び技術協力」が含まれているのです。(注5、(注7
関連記事:RCEP協定発効がもたらすメリットとは?EPA税率適用の流れも解説
RCEP発効後の動向と今後の展望
RCEP協定の発効は東アジアにおける経済連携の強化と、明確なルールに基づいた秩序の構築を意味します。ここでは、RCEP協定が発効してからの動向と今後の展望について、4つの観点から見ていきましょう。
原産地証明書の発給件数は急速に拡大
RCEP協定が発効されてから、輸出取引にあたり日本商工会議所が発行する原産地証明書の発給件数は急速に伸びています。
2022年1月の発効後2カ月間で、同証明書の発給件数は4千件を超えました。さらに2023年に入ってからは月平均11,000件を記録し、2024年1月~10月にかけては月平均約13,000件を記録していることから、着実にRCEPの利用が進んでいることが分かります。(注8
日本企業はとくに中国、韓国向けの輸出において活用
日本企業の利用状況を見ると、従来日本とFTAを締約していなかった中国や韓国向けの輸出で多く利用されています。ほかにもタイをはじめとするASEAN向けでも利用されており、部品の取引形態に合わせてJTEPAなど既存のFTAから切り替えたケースがあるようです。(注3
中国でRCEP協定の利用が拡大
中国においても、RCEP協定の利用が拡大しています。2022年に中国において輸出取引にあたり企業が申請を行った原産地証明書及び原産地申告の件数は67万3,000件でした。
輸出額にして2,353億元(約4兆7,860億円、1元=約20円、2023年10月時点)もの貨物が、RCEP協定に基づく特恵関税の適用を受けたことになります。(注9
今後は加盟国が増える可能性も
今後はRCEP加盟国が増え、さらに規模が拡大する可能性も秘めています。スリランカ政府は2023年8月10日、RCEPに加盟することでASEANとの経済連携を強める方針を発表しました。
また中国本土、ASEAN、豪州、ニュージーランドとすでにFTAを締約している香港も、RCEP加盟を目指しています。さらに2024年6月14日には、チリが中南米諸国で初のRCEPへの加入申請を行いました。
RCEPへの米中対立の影響
世界情勢を見ると保護主義が強まりつつあり、RCEPを取り巻く状況は順風とは言い難い面があります。最大の懸念は、経済活動に政府が介入を強めている点です。2024年11月5日に開票された米国大統領選挙では、トランプ氏が勝利しました。トランプ氏は、全世界からの輸入に対して一律で10%の関税を課し、中国からの輸入に対しては60%の関税を課すことを公言しており、米国と中国の競争がさらに激しさを増す可能性が高まっています。
たとえば米国では強制労働や人権侵害を理由として、新疆ウイグル自治区が関わる製品の輸入を規制しているのです。このような動きの中で2022年5月11日、日本でも四本の柱からなる「経済安全保障推進法」が成立し、同月18日に公布されました。その後、四本の柱のうち「重要物資の安定的な供給の確保に関する制度」および「先端的な重要技術の開発支援に関する制度」は同年8月11日に施行され、2023年11月17日には「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度」が施行、2024年5月1日には「特許出願の非公開に関する制度」が施行されました。(注10
RCEPは、その成り立ちからASEANを中心に運営されています。中国の影響力が強大化していると米国から見なされないためにも、日・豪・NZ・韓といった加盟国同士がASEANと協力しあい、パワーバランスを保ちながらRCEPを運営していく必要があるでしょう。(注3
関連記事:RCEP協定の問題点や日本企業に与える影響とは?活用時の注意点を解説
RCEP発効により今後サプライチェーンの拡大と深化が進む
東アジアは長年にわたる平和のもと、経済の成長に必要な一定の信頼と秩序を形成しています。米国や中国に対しても中立な立場をとるASEANが中心になって運営しているために、RCEP協定の発効によりサプライチェーンの拡大と進化が今後進むことが予想されます。
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参考情報:
注1:アジア経済研究所 No.152 ASEANにとってのRCEP
注2:財務省 第6章 東アジア国際分業と国際通商秩序:2021年の課題(講演録)
注3:国際貿易投資研究所(ITI)令和4年度 RCEPが日本企業のアジア大変での活動に与える影響調査 事業結果・報告書
注4:税関 輸出相手国上位10カ国の推移(年ベース)
注6:国際貿易投資研究所(ITI)中国は CPTPP の代わりに RCEP によるサプライチェーン戦略を打ち出すか
注7:世界経済評論 RCEPはCPTPPより劣っているのか?
注8:経済産業省 日本商工会議所での原産地証明書発給(第一種特定原産地証明書)