近年、世界経済は不確実な状況に直面しています。そこで、経済の強化・回復、持続的な繁栄に寄与するため、自由で開かれた地域経済統合が重要視され、数多くのFTAが生まれています。中でも、APECが検討を重ねているメガFTA「FTAAP構想」が注目されています。
本記事では、FTAAP構想の概要、その成り立ちと方向性について解説します。複雑化するEPA/FTAの管理、意思決定の効率化や関税削減の最大化に役立つONESOURCE FTA Analyzerについても紹介しますので、貿易実務担当者の方はぜひ参考にしてください。
APEC加盟国をメンバーとするFTAAP構想
アジア太平洋地域には、APECと呼ばれる経済協力を行う枠組みが存在します。アジア太平洋地域の21の国と地域(以下、エコノミー)が参加して、貿易・投資の自由化・円滑化や地域経済統合の推進などの取組みを行うものです。APECの目指すゴールが、「アジア太平洋自由貿易圏(以下、FTAAP:Free Trade Area of the Asia-Pacific エフタープ)」です。
ここでは、APECのメンバー・エコノミーが実現を目指すFTAAP構想の概要についてご紹介します。
FTAAP構想とは
FTAAP構想とは、APECに参加する21エコノミー全体で自由貿易地域を実現しようとする構想です。その取組みは、2004年にAPECビジネス諮問委員会(以下、ABAC)がAPEC首脳に構想検討を提言したことに始まります。当初は、短期間での実現可能性が低いことから、正式にFTAAP実現を追求するメリットをAPEC首脳は計りかねていました。
ところが、消極的であったはずの米国が2006年、政策転換によりFTAAP構想を打ち出したことで、一気に関心が高まったのです。長期的展望との位置付けで、地域経済統合の促進方法についてAPECは研究を進めていくことになりました。2010年APEC首脳会議において、緊密な共同体を目指す「横浜ビジョン(FTAAPへの道筋)」が採択されたことから、FTAAPは包括的な自由貿易協定として追求されることになったのです。
さらに2014年には「FTAAPの実現に向けたAPECの貢献のための北京ロードマップ」、2016年には「FTAAPに関するリマ宣言」が採択され、APECはインキュベーター(育ての親)として鍵となる役割を果たすことになりました。(注1
これまでに開催されたFTAAP関連のワークショップ
ここでは、FTAAP実現に向けて開催されたワークショップについて見ていきましょう。
| 開催日 | 開催場所 | 名称 | 
|---|---|---|
| 2017年8月 | ダナン、ベトナム | 競争章に関するFTA交渉技術ワークショップ | 
| 2018年8月 | ポートモレスビー、パプア・ニューギニア | 経済連携協定における競争章に関するワークショップ | 
| 2019年8月 | プエルト・バラス、チリ | 競争政策に係るアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)能力構築:経済連携協定における好事例の共有 | 
| 2020年9月 | テレビ会議 | ビジネスの観点から見たFTA/EPAにおける競争関連規定に関するアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)政策対話 | 
出典:アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想にかかる日本の取組|外務省
FTAAP構想が生まれた背景
自由貿易協定(以下、FTA)を前提としたFTAAPは、締約国にとっては法的な義務と履行といった法的な拘束を意味するものです。また、貿易障壁が削減・撤廃されると、締約国である参加エコノミーだけが恩恵を受けることになります。
以上を踏まえると、FTAAPはAPECの基本的性質・原則を変えることになり、実現までの道のりは険しいと言われてきました。ここでは、APECの基本的性質・原則や米国の方針の変遷など、FTAAP構想が生まれた背景について見ていきましょう。
APECの基本的性質・原則
1989年11月に発足したAPECは、アジア太平洋地域の持続可能な発展を目的に、経済問題を中心に話し合いが行われる国際会議です。APECは自主的、非拘束的、かつコンセンサスに基づく協力を原則としながら、ビジネス界とも緊密に連携している点が特徴と言えます。そこで「ビジネス界の声」を聞くために指名メンバーで構成されるABACが設立されており、経済課題をAPEC首脳に直接提言する仕組みを取っています。(注2、(注3
APECが「開かれた地域主義」を標榜している点にも注目です。参加エコノミーの自主性を重視しながら、貿易・投資の自由化の成果を域外に対しても分け合うことを基本姿勢としています。
広範な地域をカバーするAPECのメンバー・エコノミーと参加年を、下記にまとめました。
| 参加年 | メンバー・エコノミー | 
|---|---|
| 1989年11月 | ASEAN6ヶ国(インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、マレーシア)、韓国、ニュージーランド、オーストラリア、カナダ、米国、日本 | 
| 1991年11月 | 中国、香港(ホンコン・チャイナ)、台湾(チャイニーズ・タイペイ) | 
| 1993年11月 | メキシコ、パプアニューギニア | 
| 1994年11月 | チリ | 
| 1998年11月 | ロシア、べトナム、ペルー | 
出典:APECの歴史|外務省
FTAAP構想実現に向けた米国の方針の変遷
FTAAP構想の研究開始を求める産業界からの声に対して、米国政府は消極的でした。ところが、2006年に突如として方針を転換し、FTAAP構想を打ち出しました。その背景には、求心力低下の懸念があります。
東アジア地域においてFTAをベースに経済統合の動きが加速していたために、米国が排除された大経済圏の出現を牽制する狙いがあったのです。しかし全会一致を原則とするAPECでは、FTAAP実現までの道のりは簡単ではありません。そこで米国は、TPPによってFTAAP構想の実現を図る方向へと軌道修正したものの、2017年1月にそのTPP協定からも離脱してしまいました。
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FTAAP構想の未来
APECは、日本が議長国として2010年にまとめた「横浜ビジョン」によって、FTAAPの実現を目指すことで一致しています。メガFTAとなるFTAAPを実現できれば、アジア太平洋地域に新たな成長力が生まれると期待されているからです。しかし、サプライチェーン効率化と国際生産ネットワーク拡大への期待値は高いものの、具体的な道筋については明らかにされていません。
現在ではTPP11協定(CPTPP)が2018年12月に、RCEP協定が2022年1月に発効したことから、この2つのルートがFTAAP実現に寄与するとして注目されています。例えば、グローバルな経済統合を目指し、高水準でバランスの取れた21世紀型のルール作りを目指すCPTPPと、アジアを中心としたサプライチェーンや販売ネットワークの構築を目指すRCEPの2つが融合すれば、相互補完的に機能するのではないかというものです。
他にも次のようなシナリオが考えられます。インド国内では貿易自由化に反対する声が根強いものの、将来的に状況が変わればインドのRCEP参加も現実味を帯びてくるでしょう。インドが貿易自由化に興味を示したら、次はASEAN全ての国がCPTPPに参加するというゴールを目指すことも考えられます。地域的な枠組みに関係なく英国がCPTPPに加盟したことから、APECメンバー以外のエコノミーもCPTPPを起点にFTAAPに繋がる可能性もあるのです。(注4、(注5
まとめ:FTAAP育ての親としてのAPECの動向に注目
TPP11協定(CPTPP)およびRCEP協定が発効したことにより、歩みはゆっくりではあるもののFTAAP実現の可能性が高まっていると考えられています。そのため、育ての親であるAPECはFTAAP実現に向けて突如新しい動きをする可能性もゼロではありません。アジア太平洋地域でサプライチェーンを構築している貿易担当者の方は、APECの動向にも注目しましょう。
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参考資料
注1:アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想にかかる日本の取組|外務省
注2:APEC(アジア太平洋経済協力、Asia Pacific Economic Cooperation)|外務省
注3:ABAC日本委員が岸田総理に今年の「APEC 首脳への提言書」を手交|APEC ビジネス諮問 委員会
注4:ファイナンス 2022年5月号 No.678|財務省
注5:TPPとRCEPの進展でFTAAPの実現が視野に|日本貿易振興機構