米中の覇権争いが常態化している中、インド太平洋地域の国々の間で交渉が進められているのが、経済的枠組みであるIPEFです。域内での自由貿易推進を目的とするFTA/EPAとは異なり、フレンド・ショアリングを背景にした経済枠組みのIPEFは、バイデン大統領訪日時に発足しました。
そこで本記事では、IPEFの概要、従来のFTAとの違いやその存在意義について解説します。また、FTA間の多対多の分析を可能にする「ONESOURCE FTA Analyzer」もご紹介しますので、貿易実務担当者の方はぜひ参考にしてください。
IPEF(インド太平洋経済枠組み)とは
IPEF(アイペフ:インド太平洋経済枠組み)とは、インド太平洋地域の経済的枠組みです。この枠組みには、同地域の米国、日本、豪州、ニュージーランド、韓国、ASEAN7カ国(インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ)、インド及びフィジーの合計14か国がパートナーとして参加しています。(注1
IPEFと従来のFTA/EPAとの違い
IPEFという枠組みと従来のFTA/EPAとの違いは、主に次の4つが挙げられます。
- 包括的なものではなく、4つの柱に絞った交渉が行われている
- 関税削減を含む市場アクセス分野を盛り込んでいない
- IPEFパートナーは個別の交渉分野ごとに合意できる
- 高度なデジタル貿易分野での域内共通ルール化を目指す
バイデン政権では、FTAとは異なる「現代の通商協定」を追求していました。労働者及び環境保護はもちろん、特に強靭なサプライチェーンやデジタルインフラの構築を米国は目指しているのです。ただし、柔軟なスキームを持つ分、IPEFという枠組みはパートナーに対する拘束性や強制力に欠ける面があります。そのため、従来のFTA/EPAと比べて経済的メリットやインセンティブを感じにくい可能性があります。(注2(注3
なぜインド太平洋地域なのか?IPEFの存在意義
IPEF立ち上げの背景には、「フレンド・ショアリング(friend-shoring)」の推進があります。フレンド・ショアリングは、経済安全保障を目的として、友好国を中心にサプライチェーンを再編する考え方です。米国はIPEFを介して対中包囲網を形成し、中国に依存しない安定的なサプライチェーンの構築やアジアのデジタル市場の成長性を取り込もうとする思惑があります。
近年では半導体、大容量バッテリー、レアメタルなどの製造シェアにおいて中国は優位であることから、相対的に劣位にある米国は中国への依存の高まりに懸念を抱いています。そこで、経済成長の著しいインドが世界貿易の潮流を変える可能性があるとして、インド太平洋地域が注目されています。
また、中国の存在感が高まる一方で、第1次トランプ政権時にTPP交渉から離脱した米国は、アジア太平洋地域における存在感の低下に直面していました。アジア地域では2021年9月に中国がCPTPPへの参加を申請したほか、2022年1月にはRCEPが発効しています。そこでバイデン大統領が2021年10月末の東アジアサミットで提唱し、訪日中の2022年5月23日に発足させたのがIPEFです。
なお日本では、米国などとの連携を視野に対中国を意識した経済安全保障推進法が2022年5月11日に成立しています。(注2(注4
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IPEFにおける交渉の4つの柱
ここでは、交渉が進められているIPEFの4つの柱についてご紹介します。(注1
柱1:貿易
米USTR主導で、ハイスタンダードでバランスのとれた公正な貿易に係るコミットメントの構築やデジタル経済における協力が追求されています。労働、環境、デジタル経済など10の領域で交渉が進められていますが、注目度の高いインドはこの柱1の交渉に不参加です(2024年10月時点)。貿易は優先順位の高い分野であるものの、まだ交渉は続いています(2024年9月時点)。
柱2:サプライチェーン
米商務省主導で2023年5月に実質妥結、2024年2月24日に日本、米国、フィジー、シンガポール、インドで発効したのが「IPEFサプライチェーン協定」です。
混乱時に、危機対応メカニズムである「IPEFサプライチェーン協議会」や「IPEFサプライチェーン危機対応ネットワーク」がうまく機能すれば、従来のFTA/EPAでは得られない安定的なサプライチェーンを域内で形成できます。インド太平洋地域において部品等の供給調達網を張りめぐらす日本にとって、IPEFサプライチェーン協定の重要度は高いと言えるでしょう。(注5
柱3:クリーン経済
米商務省主導で交渉が進められた柱3は、2023年11月に実質妥結が発表されました。クリーンエネルギー技術の開発、エネルギー安全保障の強化、気候変動への強靭性と適応、持続可能な生活と質の高い雇用の追求を目的とするものです。
柱4:公正な経済
米商務省主導で交渉が進められた柱4は、柱3とともに実質妥結が発表されました。租税回避・腐敗を抑制する効果的で強固な税制、マネーロンダリング防止によって、IPEF域内のビジネス・労働者にとっての対等な競争条件の追求を目的とするものです。
加盟国がIPEFに期待すること
発展途上国のIPEFパートナーは、域内投資の拡大を望んでIPEFに参加しました。これに配慮した米商務省は、IPEFサプライチェーン協定に投資の促進に関する条項を盛り込んでいます。
ASEAN諸国は、すでにサプライチェーンの中国への依存度が高いために、米国が主導する脱中国に対して積極的ではありません。むしろRCEP、またはCPTPPにより強い関心があると言えます。ただし、中国への過剰依存を見直す必要性については、パートナー各国の思惑は一致しています。
また、感染症リスクや地政学的リスクによって混乱が引き起こされた時に、安定的に主要原材料や半導体などへアクセスできる強靭なサプライチェーンへの期待があります。IPEFが貿易円滑化を追求する点も、パートナーにとって魅力があると言えるでしょう。(注5
まとめ:インド太平洋へ世界貿易の潮流がシフトする可能性も
Appleはインドにおける生産を増やしながら、iPhone生産地を分散させ、中国への依存を徐々に低下させていく意向です。このAppleの決断に影響されて、地政学的リスクへの対応から、インドに製造拠点を移す他の企業が出てくるかもしれません。
インド政府は「メーク・イン・インディア」という製造業振興策を掲げており、雇用吸収力が大きく輸出につながる製造業は必要とされています。IPEFサプライチェーン協定の発効を機に、アジア太平洋からインド太平洋へと世界貿易の潮流がシフトしていく可能性もあります。(注6
ONESOURCE FTA Analyzer
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参考資料
注1:インド太平洋経済枠組み(IPEF)|外務省
注2:交渉が進展するIPEF(インド太平洋経済枠組み)|国際貿易投資研究所
注3:米国の通商協定戦略と中国の台頭(前編)|日本貿易振興機構
注4:供給網強化としてのフレンド・ショアリングの動向と日本企業への影響|日本総研
注5:IPEFサプライチェーン協定は画期的な調達メカニズムを創れるか|国際貿易投資研究所
注6:2023年度の世界iPhone生産、14%はインド組み立て|日本貿易振興機構