CPTPPは、アジア太平洋地域の人口合計約5.1億人、GDP合計約11.8兆ドル、貿易総額約6.6兆ドルという規模を誇るメガFTAです。TPP協定から米国が離脱した後、日本がリーダーシップを発揮し「自由で公正な21世紀型のハイレベルのルールに基づく経済圏を作りだす」ことを目的として2018年12月、CPTPP(TPP11)は発効しました。(注1
一方、TPPの交渉時から、さまざまな問題点や影響が指摘されてきました。本記事では、CPTPP発効による問題点や懸念される影響、企業が利用をためらう理由についてご紹介します。
また自社にとって最適なFTA選択を支援する意思決定・分析ツール「ONESOURCE FTA Analyzer」についても紹介しますので、貿易実務担当者の方はぜひご一読ください。
CPTPPの合意内容
CPTPPの特徴は、従来のEPAと比べても「モノの関税の原則撤廃」と開放度の高い貿易自由化と、21世紀型のハイレベルなルールづくりにあります。
日本を除く10か国において99%の関税撤廃が約束されているために、物品貿易の活性化が期待されています。一方、日本では、米や牛肉など農林水産物の重要5品目については関税の撤廃を認めないという国会決議が決定されました。これを受けて国内農業の主要貿易品目の保護に向けた交渉が行われたために、日本の全品目の自由化率(無税品目が全体に占める割合)は95%、農林水産物の自由化率は82%と低めです。
さらにアジア太平洋地域に自由で公正な巨大市場を作り出すために、財・サービス貿易、投資、政府調達などの分野で規制緩和が行われたほか、国有企業、知的財産、電子商取引、労働、環境など幅広い非関税分野で21世紀型のルールが構築されました。(注2(注3
TPP協定から米国が離脱後、日本がリーダーシップを発揮してCPTPPについて大筋合意に至った2017年11月当時と比べると、国際貿易を取り巻く状況は大きく変化しています。インフレ、国際紛争、規制の変更などの不確実性が増す中、戦略上の優先事項とは何か。トムソン・ロイター株式会社がKPMGコンサルティング株式会社と共同で調査を実施した「地政学・経済安全保障リスクサーベイ2024」は、下記リンクよりご覧いただけます。
CPTPPの問題点や懸念される影響への政府の見解
CPTPPの前身であるTPP交渉時から、従来のEPAに比べて高水準の市場開放を求める内容であったために、経済・社会・生活にかかわる問題点や影響が懸念されてきました。ここではモノ、サービス、投資など広範にわたる自由化や非関税分野のルール形成がもたらすCPTPPの問題点や影響についての意見と、それに対する政府の見解をご紹介します。
なおTPP協定は、CPTPP協定の第1条に組み込まれている点にご留意ください。
国内農業へ影響を与える
輸入関税撤廃によって、極めて安価な海外の農産品が日本に輸入されることで米価が下がるなど国内の零細農家は大きな打撃を受けるという問題が指摘されています。
そこで日本政府は品目ごとに精査した上で、先述の国会決議を後ろ盾に交渉し、国内農業が縮小するなどの悪影響が出ないように関税撤廃の例外を多く確保しました。関税撤廃の例外は、農産物の重要5品目(コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物)を中心に、農林水産物の約2割に及びます。
他にも有効な措置として、コメの国家貿易制度、枠外税率の維持、関税割当てやセーフガードの創設、長期の関税削減期間を確保しました。一方、牛肉や水産物などの輸出関心の高い品目全てにおいて関税撤廃を獲得していることから、CPTPP諸国に向けた輸出拡大につながるとして期待されています。(注5
食の安全が脅かされる
自由化や規制緩和を推進するCPTPPの影響で、食の安全が脅かされるのではないかという根強い懸念があります。しかしCPTPPによって、輸入時の食品検査や動植物検疫に関する制度が変更されることはありません。
残留農薬、食品添加物の基準、遺伝子組換え食品などの安全性審査及び表示などは現行通りであり、これまで通りの検査や規制が可能です。TPP協定「第7章 衛生植物検疫措置(SPS)」は、すでに締結しているWTO・SPS協定を踏襲したものであり、科学的根拠に基づき衛生植物検疫措置をとることが引き続き認められています(第7・4条)。(注3、(注4
遺伝子組換え農産品の輸入が増える
CPTPPの影響で政策変更を余儀なくされ、遺伝子組換え農産品の輸入が増えるのではという懸念もあります。TPP協定「第2章 内国民待遇及び物品の市場アクセス」の中で、バイオテクノロジーによる生産品についての作業部会をつくる規定があることが懸念の背景です。
しかし作業部会は情報交換及び協力を目的としており、政策変更を求めるものではないことが明確に定められています。そのため遺伝子組換え食品の安全性審査基準の緩和や、輸入量を増やすよう求められることはありません(第2・27)。(注3
ISDS条項により、国民皆保険等の日本の制度が変更される
投資家と国との間の紛争解決を定めたTPP協定の「ISDS条項」によって、国民皆保険、環境や食の安全などに関する日本の制度が変更されるのではないかという懸念があります。世界的に見ると、ISDS条項に基づく投資仲裁の件数が増えていることが懸念の背景です。
しかしISDSは、投資先国の政府による協定違反によって損害を被った場合に賠償を請求できる条項であるために、投資家から国内の制度変更を求めることはできません。またTPP協定には、公的医療保険制度のあり方に変更を求める内容は含まれないほか、投資(第9章)、国境を越えるサービス貿易(第10章)、金融サービス章(第11章)は公的医療保険制度に適用されないことになっています。(注3
地方の公共事業が外国企業に奪われる
CPTPPによる政府調達の規制緩和の影響で、地方の公共事業に外国企業が参入しやすくなるのではないかという懸念があります。しかしTPP協定「第15章 政府調達」の内容は、日本が締結済みのWTO政府調達協定と変わりありません。そのため指定都市以外の市町村の公共事業が開放され、外国企業に奪われる可能性は少ないとされています。
CPTPPのデメリット|企業が利用しづらい理由
JETROの調査によると、CPTPPなどのFTAを利用するきっかけは輸出先国の取引先からの要請が多いようです。しかしデメリットがいくつかあるために、CPTPPは利用しづらいと多くの企業は感じています。(注6
ここでは、CPTPPのデメリットについて見ていきましょう。
CPTPPの利用にはコストがかかる
CPTPPなどのFTAを利用するには、人件費や書類準備、問い合わせ対応にコストがかかります。原産地証明書作成に必要な取引先情報の確認や、税関及び関連企業への問い合わせは、貿易実務担当者にとって負担が大きいものです。そこで政府は、「原産地証明書のデジタル化による利便性向上」に取り組んでいます。(注7(注8
大企業が利用するものだと認識している
CPTPPの発効により輸出に適した環境の整備は進んでいる一方で、中小企業の利用割合は大企業と比べると相対的に低い状況です。そこで政府は、「中堅・中小企業等の新市場開拓のための総合的支援体制の抜本的強化」に取り組んでいます。JETROの2024年度調査によると、大企業のFTA利用率は71.3%に達しているのに対し、中小企業は57.5%にとどまっています。中小企業においてもFTAを戦略的に活用していくことが重要です。(注6(注8
経営マネジメント層の関心が薄く、利用体制が整っていない
経営マネジメント層がCPTPP等のFTA利用に関心が薄いと、貿易実務担当者の意思だけでは活用を進めることはできません。原産地証明書関連の業務に社内リソースを割くためには、経営マネジメント層の理解や関心が不可欠です。そこで政府は、「きめ細やかな情報提供及び相談体制の充実」に取り組んでいます。(注8
自己申告制度でも手続き等が煩雑で時間がかかる
CPTPPにおいては、TPP11特恵税率適用の要求手続きには自己申告制度のみが採用されています。自己申告制度は、第三者証明制度のように原産地証明書の発行手数料がかからない点がメリットです。一方で手続き等が煩雑で時間がかかる、サプライヤーやメーカーから必要な情報が得られない、証明した内容が正しいか判断できず不安になる、などのデメリットがあるためにCPTPPの利用をためらう企業も多く存在します。(注9(注10
まとめ:輸出拡大に向けては情報収集が鍵となる
関税削減効果があるCPTPPやRCEPのようなメガFTAは、輸出拡大を狙うなら利用を検討する余地があるでしょう。自社にとって最適なFTAを見極めるためには、効率的な情報収集が鍵となります。
ONESOURCE FTA Analyzer
トムソン・ロイターでは、関税戦略の最適化に役立つ意思決定・分析ツール「ONESOURCE FTA Analyzer」をご提供しております。最も費用対効果の高いFTAを判断できるようになることはもちろん、コンプライアンス向上とコスト削減も実現可能です。ONESOURCE FTA Analyzerについて、詳しくは下記リンクからご覧ください。
参考資料
注1:CPTPP協定の概要|内閣官房
注2:TPP11解説書|日本貿易振興機構
注3:早わかりTPP(一問一答集)|内閣官房(2017年6月)
注4:TPPに関する疑問にお答えします|農林水産省(平成28年6月)
注5:令和5年度農林水産業ひと口メモ(R.国際交渉)|農林水産省
注6:2024年度 輸出に関するFTAアンケート調査 報告書(2025年4月)|日本貿易振興機構
注7:2023年版 ジェトロ世界貿易投資報告|日本貿易振興機構
注8:総合的なTPP等関連政策大綱(令和2年12月8日)|内閣官房
注9:「自己申告制度」利用の手引き ~CPTPP~|財務省関税局・税関
注10:「経済連携協定(EPA)利用に係るアンケート」 調査結果|日本関税協会