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RCEP加盟国である中国のカウンターパワー”インド”の離脱理由とその影響

RCEP協定が2020年11月、加盟国15カ国の間で署名されました。RCEPは世界でも成長が著しい東アジアにおける初の、かつ世界最大規模のメガFTAです。2022年1月にRCEPがついに発効したことで、世界経済におけるRCEPとASEANの重要性はますます大きくなっています

中国のカウンターパワーとして注目されたインドは2019年11月、RCEP交渉のテーブルから離脱し、戻ることはありませんでした。一方で「メイク・イン・インディア」政策の下、国内で製造業を育成している状況です。

本記事ではインドはなぜRCEP交渉から離脱したのか、米国と対立している中国のRCEPへの影響について予測します。さらに最も有利な費用対効果をもたらす調達国、取引経路、貿易協定を詳細に示すレポートを作成可能なトムソン・ロイターの「ONESOURCE FTA Analyzer」についてもご紹介しますので、国際貿易の実務担当者の方はぜひ参考にしてください。

各加盟国がRCEPへ参加することになった経緯

RCEPは加盟国にカンボジア、ラオス、ミャンマーといった後発開発途上国(以下、LDC)が含まれている点が大きな特徴の1つです。(注1

ここではRCEP協定に署名した15カ国についておさらいをします。ASEAN構成国とそれ以外に分けて、下記にまとめました。


分類RCEP加盟国
ASEAN構成国ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム
ASEAN構成国以外オーストラリア、中国、日本、韓国、ニュージーランド

出典:外務省|地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の発効について

各加盟国は、なぜRCEPへ参加することになったのでしょうか。もともとRCEPの原型となる東アジア共同体を構築する構想が2つ存在しました。中国の提案による「ASEAN+3(日本、中国、韓国)」と、日本の提案によるASEAN+6(前述の+3に豪州、ニュージーランド、インドをプラス)の2つです。

その当時、TPPへの警戒感から中国の態度が軟化したことで、ASEANに日中共同提案を提出する運びとなり2012年11月、RCEP交渉が「ASEAN+6」の枠組みで立ち上がりました。「ASEAN中心性」を認めるRCEPでは、RCEP調整国の役割を担うインドネシアが一貫して会合の議長を務めたほか、交渉事務局役をASEAN事務局が果たしたのです。(注2、(注3

LDCを含むためにRCEP交渉は難航したものの、米国との対立関係を踏まえ中国が交渉に前向きになったこともあって、交渉スピードは加速しました。コロナ禍のために不可逆的な変化が起き、各国が内向きになりがちな状況下でRCEPが成立したのは画期的なことと言えます。

インド交渉参加から離脱までの変遷とその理由

インドを除く15か国は2019年11月、RCEP交渉において大筋合意に達しました。一方その席でインドは離脱を表明し、日豪が中心となって復帰を働きかけましたが2020年11月の署名には不参加でした。

ここでは、RCEP交渉にインドが加わった理由や離脱した理由について見ていきましょう。

RCEP交渉にインドが加わった理由

RCEP交渉にインドが加わった理由は、将来の東アジア共同体に参加したいという思惑をもっていたインドと、中国の優位性を削ぐためにインドにカウンターバランスの役割を期待したASEANや日本の思惑が一致したためです。

東アジア共同体構想は1997年ごろから始まったもので、2005年2月にはマレーシアのクアラルンプールで第1回アジアサミット(EAS)が開催されました。その際に揉めたのは、参加国についてでした。将来の東アジア共同体に参加したいインド、オーストラリア、ニュージーランドは熱心にEASへの参加を要望しましたが、影響力が削がれることを懸念した中国はインド等の参加には難色を示したのです。

このような経緯を経て、ASEANがEAS運営の中心となるなど、ASEANが設定した条件をベースに参加国はASEAN+3+3に拡大しました。その後、日中共同提案を受けて2012年11月にASEANとFTAを締結しているパートナー諸国とRCEP設立に向けた交渉を開始すると宣言したのです。(注4

インドの交渉離脱の理由

長期にわたる交渉を経てインドのモディ首相は2019年11月、RCEP首脳会合において不参加の意向を明らかにしました。モディ政権はインドを世界の研究開発・製造ハブにする目標を掲げる政策「メイク・イン・インド」を実施しているために、RCEP加盟国になることは貿易赤字拡大につながり、国内の製造業育成や雇用創出に悪影響を与えると考えたのです。

実際にRCEP加盟国にならなくても、すでにインドは中国からの輸入に過度に依存しています。またインドの大きな関心は専門職業の自由化、つまり専門職に従事する「人の移動」が国境を越えて自由に行われることでした。しかしRCEP交渉ではインドの思惑に対して、十分な配慮が見られない状況だったのです。(注4、(注5

なお離脱表明後も、RCEP協定のドアはインドに向けて引き続き開かれています。(注6

RCEPにおいて注目される中国の影響予測とその理由


技術や安全保障といった分野にまで米国と中国の貿易摩擦が拡大する中、中立な立場のASEANが参加するRCEPへの関心が高まりつつあります。しかしインドの離脱によって中国のプレゼンスが強まりすぎると、米国と中国の対立構造にRCEPは巻き込まれかねません。

コロナ禍を経てグローバル化が変質したことで、自由貿易の理念は後退しています。その一方で、台頭しているのが経済安全保障の論理です。そこで効率とリスク回避の均衡点を見つけるために、サプライチェーンの再構築が注目されています。(注7

ここではRCEPにおける中国の影響について、日本企業のサプライチェーン再構築の観点から見ていきましょう。

中国・韓国との貿易によってサプライチェーンの選択肢が増える

RCEP加盟国間の貿易において、完成車は関税削減の対象になりませんでした。 しかし日本からの自動車部品の輸入において、中国は約87%の品目で、韓国は約78%の品目の関税を撤廃します。

そのため日本企業にとっては、RCEP加盟国間でサプライチェーンの選択肢が次のとおり増えると考えられるのです。(注8、(注9

  • 中国あるいは韓国へ日本から部材を持ち込み、加工・組み立てした中間財や半製品をASEANに持ち込む。ASEANで再加工してから、最終製品を欧米等に供給する。
  • 日本へ中国あるいは韓国から部材を持ち込み、加工・組み立てした中間財や半製品をASEANに持ち込む。ASEANで再加工してから、最終製品を欧米あるいは中国・韓国などに供給する。

関連記事:RCEP協定の問題点や日本企業に与える影響とは?活用時の注意点を解説

サプライチェーンを検討する上で重要なこと

RCEP協定を活用してサプライチェーン再構築に取り組む際に、重要な検討材料は「関税削減の進展の度合い」です。RCEP協定が発効したことで、最終年に至るまでに加盟国が工業製品に課す関税は段階的に変化します。

中国における対日無税品目の割合は、発効前は8%でしたが発効後は86%に上昇しています。ちなみに韓国における対日無税品目の割合は、発効前の19%から発効後は92%に高まります。ただしRCEPの特徴として関税削減のスピードが遅い点が挙げられるので、そのスピードも十分に考慮する必要があるでしょう。(注9

インド離脱により中国の影響が大きくなりすぎる可能性も

最終的にインドがRCEP交渉から離脱したことは、日本政府にとっては誤算だったかもしれません。RCEPにおける中国の影響力が大きくなり過ぎる可能性があるために、ASEANは自らの中心性を貫くためにイニシアティブを発揮する必要があります。

またASEANを中心に日・豪・NZ・韓といった加盟国同士が協力しあい、中国の影響力が強大化しないようRCEPを運営していく必要があるでしょう。(注7

RCEPと経済安全保障政策は日本企業のサプライチェーン戦略に影響あり

自由貿易を優先する通商観は変化しつつあり、日本政府も「重要物資の安定的な供給の確保」をはじめとする4つの制度を創設するために経済安全保障推進法を2022年5⽉18⽇に公布しました。(注10

日本企業は専門部署や委員会を設置するなどして、今後は経済安全保障にまつわるリスクを管理・検討することが必要になってくるでしょう。そこでサプライチェーン強靭化を目指すにあたり、とりわけ注目されているのがRCEPです。

しかしRCEP協定の発効に伴い、国際貿易の実務担当者はすでに利用中のFTAとの比較検証に負担を感じることになるでしょう。そこでサプライチェーン再編に必要な戦略の策定には、効果的な意思決定を促すONESOURCE FTA Analyzerがおすすめです。

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参考情報:

注1:外務省 後発開発途上国(LDC:Least Developed Country)

注2:日本国際問題研究所 国問研戦略コメント(2020-16)インド太平洋の経済連携とRCEP

注3:経済産業研究所 RCEP交渉妥結と我が国の取組

注4:国際貿易投資研究所 中国のカウンターパワーとしてのインド

注5:アジア経済研究所 インドのRCEP撤退がアジア経済秩序に及ぼす影響――地経学的観点から

注6:外務省 第4回RCEP首脳会議及びRCEP協定署名式の開催

注7:国際貿易投資研究所(ITI)令和4年度 RCEPが日本企業のアジア大変での活動に与える影響調査 事業結果・報告書

注8:国際貿易投資研究所(ITI) RCEPの発効は日本に何をもたらすか

注9:国際貿易投資研究所(ITI)中国は CPTPP の代わりに RCEP によるサプライチェーン戦略を打ち出すか

注10:内閣府 経済安全保障推進法の概要

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