脇役に徹する。グローバルサプライチェーンにおけるESGの将来性(後編)

本稿は、グローバルサプライチェーンが直面している、企業のESG課題に対する企業の責任の高まりとサプライヤーの気候変動への課題に関するシリーズ連載の後編です。 

前編の記事はこちら 

第一部では、環境・社会・ガバナンス(ESG)に関する課題が、グローバルサプライチェーン(GSC)企業にとって、もはや無視できない大きな課題となっていることを紹介しました。グローバル・サプライ・チェーン(GSC)企業は、取引企業や投資家からのプレッシャー、あるいは政府当局の規制など、あらゆる方面から対応を迫られており、特にESGの一つである「環境」は、企業が将来の影響を抑えようとするのではなく、過去の損失を今になって清算しているため、避けて通れない問題になっています。 

気候変動による病原菌と水不足

気候変動は過去数十年間、「明日の問題」として扱われてきましたが、特に農業生産品に関連するサプライチェーンにとっては喫緊の課題です。バナナやコーヒーなどの農産物は気温の上昇が直接の原因ではないものの、ここ数年来、脅威にさらされています。実際、これらの作物やその他数十億ドル規模の作物は、地域全体を荒廃させるような病原菌に悩まされています。病原体は人間への脅威であるのと同様に昔から農業の脅威でもありましたが、気候変動によって菌類株は増殖し、蔓延を加速させているのです。 

外来の真菌性病原菌だけでなく、気候変動によって農業が太古から悩まされてきた水不足の脅威も悪化しています。メキシコ北部で長期的な干ばつの影響により、唐辛子が不作となり、シラチャソースやその他の関連製品の大幅な不足を招きました。また、ユタ州のグレート・ソルト・レイク(塩湖)の水位が危険なほど低下しており、湖水の4分の3を使用している近隣の農業に壊滅的な打撃を与える可能性があります。人間の水消費量の増加と気温の上昇に伴い、このような水不足はますます深刻になり、GSCの崩壊を拡大させる結果となりかねません。 

気候変動によるリスクを供給側で抑制することは、容易なことではありません。例えば、マイクロチップ工場は理論上どこでも稼働することができますが、大規模な農耕用農場は緯度、土壌組成、水の利用可能性、気候の安定性などの条件に大きく左右されるためです。さらに、世界中に耕作地として利用できる条件が揃った場所は豊富にありますが、ESGの懸念により、企業が利用することができないことも多いのです(事実、熱帯雨林やジャングルへの過去の進出は、現在の気候変動の一因となっています)。また、これらの農作物は比較的短期間で消費される傾向にあるため、生産サイクルの様々な段階を供給元の近くに移動させなければならないこともあるでしょう。 

このような背景は、ESGリスクを抱えるサプライヤーを排除し、回復力を確保しようとするGSC企業にとって大きな頭痛の種となっています。 

新たな解決策の模索 

しかし、可能な解決策もあります。遺伝子組み換え作物は、消費者に支持されにくく、知的財産権やESGの問題もありますが、作物が気候の変化に耐え、寄生虫や病気から身を守ることができるようになるという可能性を秘めています。 

また、初期コストはかかりますが、より有益な選択肢となりうるのが垂直農業です。これは、栽培棚を何層にも積み重ねた大規模な屋内栽培施設を利用し、極めて効率的な栽培を行うものですが、これまでその足場を固めることができませんでした。しかし、関心の高まりと技術開発、そしてサステナブル構造への需要の高まりにより、垂直農業は近い将来、転換期を迎えるかもしれません。 

これらはすでに需要があるものに対して生産性を上げる方法ですが、もうひとつのアプローチは、消費される製品そのものを変えることです。食肉生産は気候に大きな影響を与えることが証明されており、厳しい気候変動対策(および消費者や規制当局からのESGの圧力)により、特に成長経済圏では、将来的に食肉の代替品が市場で大きな割合を占めるようになるかもしれません。 

牛肉、豚肉、卵などと味や食感が似ている代替タンパク質は、重要な多様化製品となる可能性があります。同様にバイオテクノロジーによる「培養」製品は、開発の初期段階ではありますが、特に化粧品のように、動物性および工業的副産物から距離を置きたいと考えている業界にとって有用であることが証明されていくでしょう。 

垂直農法と同様に、合成食品もESGリスクの低い分野として再確立される可能性があります。パンデミック以降に話題になった生産拠点の国内回帰、「リショアリング」がまだ机上の空論に過ぎないとしても、これまで地理的に固定されていたグローバルサプライチェーンの一部を移動できることは、ビジネス上の重要な選択肢となります。 

農業サプライチェーンを移転することで、企業はこれまで述べてきた気候変動に関する懸念事項の多くを回避することができます。劣化した水源をはるかに安定した水源へと変更し、生育環境を外部の汚染から隔離することで作物など病気の蔓延を防ぎ、企業の力が及ばない地域の農産物をより有利な拠点に移転させることができるのです。農業サプライチェーンが気候変動によってますます大きく影響を受うける中、これらのメリットがますます大きくなっていくことは明らかです。 

問われる課題対応力

企業は課題に対する解決策を認識していても、それを実行に移す能力があるとは限りません。金利の上昇により、企業は資金の確保に苦慮しています。また、GSCが必要とする高度なスキルは、現在の人材層から簡単に見つかるものではなく、そのような稀有な人材を確保するには当然コストがかかります。最後に、企業は先進的なテクノロジーを導入し、その導入と活用を管理する能力を向上させる必要があるのです。 

地政学的な対立が深まるグローバル経済において当局の規制が複雑化する中で、企業はこのような課題に対応することを求められているのです。 


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