【前編】海外事業展開とサプライチェーン施策を考える ~米国大統領選を見据えて~

米中間の競争、紛争、人権問題等により、近年の国際情勢は複雑さを増し、変化も早くなっています。2024年11月には、今後の動向を占う重要なカギとなる米国大統領選も行われます。

そうしたなかで、企業はどのように戦略を立て、海外事業展開やサプライチェーン施策を実行していけばいいのでしょうか。また、どうすればその膨大なタスクを効率化できるのでしょうか。

そのようなテーマのもと、トムソン・ロイター株式会社で貿易管理ソリューションを担う森下馨と、KPMGで海外事業戦略等のアドバイザリーを行う恩田 達紀氏、稲田 誠士氏、新堀光城氏が対談を行いました。前編では、大統領選も見据えた国際動向と、それを踏まえた企業課題について議論しました。

米中関係と今後のビジネス環境

新堀氏 近年、多くの日系企業が、米中関係の変化により、海外事業展開やサプライチェーンの在り方を見直してきました。今後の米中関係や、各同盟国・友好国の協調的な動き、さらにはグローバルサウスと呼ばれる新興国や発展途上国の動きにより、どのようなビジネス環境の変化が生じ得るのかに関心が寄せられています。中長期的な海外事業やサプライチェーン戦略を検討するにあたり、今後の国際関係に関する基本的な視座について、どのように考えればよいでしょうか。

恩田氏 まず1つ目に言えるのが、米中の覇権争いとそれに伴う二極化は、おそらく今後ますます進んでいくことです。日本を含むG7および西側諸国と、中国・ロシア・北朝鮮・イラン・ベラルーシおよびそうした国々と関連性のある国々との二分化は、この先も進んでいくでしょう。

したがって日本は、後者のグループとは市場として付き合いにくくなってきます。海外事業やサプライチェーンを考える際は、まずその点に留意しなければいけません。

2つ目に注目したいのが、昨今著しい、インドの台頭です。 インドが中心となって、グローバルサウス(南半球にある国を中心とした新興国や途上国)を結束させていくことを、モディ首相は真剣に目指しています。

したがって今後インドは重要性をより高め、グローバルサウスが固まって“第3極”を形成すると考えて、大きな間違いはないと思います。なお、日本は安倍政権のころから、インドとは非常に友好的に付き合ってきました。

3つ目は、中国が「一帯一路」構想で各国に融資するものの債務超過となる国も多くなっていて、昨今はBRICSの国々に目を向けている点です。

BRICSはもともとブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの5ヵ国で構成されるグループでしたが、2024年1月より、エチオピア、エジプト、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)の5ヵ国が新たに加盟し、計10ヵ国となりました。中国がこちらの国々と関係をより深めようとしていることで、中国とインドがBRICSとグローバルサウスを取り合いになる構図が浮き彫りになるでしょう。

KPMGコンサルティング 新堀氏

米国大統領選を見据えた動きの注目点

新堀氏 2024年は11月に米国大統領選を控え、トランプ2.0、すなわちトランプ氏による第2次政権の誕生とその企業影響を分析する取組みが企業間で広がっています。今後の米国大統領選の企業影響を考えるにあたっての注目点について、どのようにお考えでしょうか。

恩田氏 日本企業にとって大きな問題となるのが、“アメリカ・ファースト”の流れが強まりそうなことです。

トランプ氏は、2023年にマニフェスト「アジェンダ47」を公開しました。47の政策のうち、日本企業がかかわってくるのは、通商、自動車、エネルギー、環境・安全保障の4分野、23項目に及びます。

たとえトランプ氏が大統領にならなくても、スイングステート(支持率が拮抗し、選挙のたびに勝利政党が変わりやすい激戦州)に向けて民主党もトランプ氏に近い政策を打ち出しており、アメリカ・ファーストの流れが強まることは間違いなさそうです。

すでに、中国からの複数の輸入品目に対する関税の引き上げを打ち出しており、今後も規制品目の拡大や措置の強化が考えられます。政策内容を読み込んで、準備をしっかり行っていきたいところです。

新堀氏  EV施策に関しては、トランプ氏が「アジェンダ47」などでEV普及策の見直しを主張し、現政権でも2032年までの新車販売比率の目標を大幅に引き下げたり、中国製EVへの関税引き上げを発表するなど、見直しの動きがみられます。EV普及策は、米国大統領選の争点の1つかと思いますが、今後の注目点について、どのようにお考えでしょうか。

KPMGコンサルティング 恩田氏

恩田氏 中国のEVの台頭で、アメリカはEVに関してかなり気を使っています。バイデン政権はトランプ氏のアジェンダ47の関税政策に追従する形で、2024年8月1日より、中国製EVの関税率を100%に引き上げる方向で進んでいます。

同じくEUも2024年7月4日より、中国製EVに最大48%の追加関税を課す暫定措置を導入しました。世界的にそうした動きが起こっている形です。

特に注意しなければならないのが、メキシコやカナダ、ASEAN諸国で生産してアメリカで売る“迂回ルート”にも、しっかり関税をかける政策をトランプ氏が打ち出している点です。当然、民主党も同じような政策をとってくる可能性があります。

おしなべていえば、アメリカできちんと生産してくださいねという流れです。人件費の高さから、これまでアメリカ生産に二の足を踏んでいた日本企業も、真剣にアメリカ生産を検討しなければいけない時代に差し掛かっています。

現代の通商環境における企業課題

新堀氏  このような米中関係を踏まえた海外サプライチェーンの見直し、特に通商政策対応が企業課題としてよく挙げられますが、トムソン・ロイター社では、クライアント企業から、具体的にどのような相談や課題が挙がっていますか。

森下 二極化が進んだことで、以前は貿易ができていた国・地域との貿易通商の在り方を、企業は大きく見直す必要が出ています。また、世界情勢の変化にともなって、各地域の規制強化の動きも高まっています。

したがって多くの企業が、グローバルレベルで必要な情報を収集して対応するというオペレーションに苦心されているように感じます。貿易通商としてスピード感をもって回していかなくてはならない状況であるのと同時に、新しい規制にもしっかり対応する必要がある。それを両立するには、多くの工数と負荷がかかります。

たとえば規制品目に関しては、法令などによって一品一品細かく指定されている場合もあり、どの品目がどこの国に対してNGなのかを可視化するのは容易ではありません。また米国EAR(アメリカの製品・技術・ソフトウェアを輸出・再輸出する際に、輸出者に許可の取得を義務付ける法律)では、対象品目が含まれる製品を日本から別の国に再輸出する場合も許可が必要で、そうした“域外適用”にも対応する難しさがあります。

今後は、中国をはじめ他の国も、自国産品の輸出を管理する法律をより厳しく制度化する可能性があります。EARと日本の法律だけでなく、別の国の域外適用産品もみなければいけないとなると、オペレーションの工数はいっそう高まるでしょう。とくに製造業をされている企業には、この辺りが頭の痛い問題となります。

森下 別の視点になりますが、近年は人権デュー・ディリジェンス(人権侵害のリスクを調査し、その対応をとり、結果を検証して公表すること)の必要性も高まっています。人権デュー・ディリジェンスの社内的なポリシーをどう定めるかということや、どこまで行えばコンプライアンスと言えるのかといった点で、企業は悩まれています。

また、サプライヤーや取引先の管理は契約書を通して行えばいいのか、それともある程度取引の関係性のなかで実現していくべきかなども悩ましい点です。そうした課題に対し当社では、サプライヤーにアンケートを送付し、その結果を評価・分析し、プラットフォーム上で、懸念されるサプライヤーを抽出するタスクを自動化するソリューションを提供しています。

トムソン・ロイター株式会社 森下

通商政策からみたリスクマネジメントの要点

新堀氏  米国では、貿易円滑化・貿易執行法等に基づき、人権侵害被疑物品に関して輸入差止めがなされたり、欧州でも人権侵害被疑物品の流通禁止に向けた規制準備が進むなか、人権デュー・ディリジェンスの重要性は、貿易の観点からも高まっているかと思います。

また、お話のあったとおり、EAR・外為法等の輸出管理規制への対応の高度化の必要性が高まっていますが、稲田さんからは、通商政策の機会とリスクの観点から、企業対応上の課題をお話しいただければと思います。

KPMGコンサルティング 稲田氏

稲田氏  日本の通商政策も以前と大きく変わってきていると感じます。私は2000年代初頭に外務省で通商交渉を担当していましたが、当時は、関税削減や非関税障壁の撤廃によって、いかに経済を拡大するかという攻めの視点がもっぱら重視されていました。しかし今日の国際情勢を鑑みたとき、通商に関する基本的な原理原則は変わらないものの、経済安全保障、サプライチェーンのレジリエンス、そして戦略的産業の保護育成といった「守り」の側面も強く意識せざるを得ない状況を生み出しています。

企業は、この新たな通商政策パラダイムに適応するため、以下の6つの戦略を積極的に展開する必要があります。

日本であれば経済安全保障推進法、アメリカであれば輸出管理改革法(ECRA)など、各国で強化される経済安全保障関連法令を遵守するため、社内体制を整備し、重要技術・情報の管理や取引先デュー・ディリジェンスを徹底する必要があります。たとえば、輸出管理規制に違反した場合、企業は巨額の罰金や輸出禁止措置などの厳しい制裁を受ける可能性があります。

地政学的リスクを軽減するため、サプライチェーンの可視化を推進し、調達先の分散化や代替供給源の確保など、サプライチェーンのレジリエンス強化に取り組む必要があります。たとえば、特定の国や地域に依存したサプライチェーンは、紛争や自然災害などの影響を受けやすく、事業継続に支障をきたす可能性があります。

RCEP(地域的な包括的経済連携)やCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定)といったFTA、EPAを企業がうまく利用することも大切です。これらを戦略的に活用し、関税削減や非関税障壁の撤廃によるメリットを最大化することを目指します。

データ越境移転規制やデジタル課税など、デジタル貿易に関する新たなルール形成に適切に対応し、デジタル経済におけるビジネスチャンスを最大化していく必要があります。

地政学リスクを定量的に評価し、その影響を経営判断に反映させることで、リスク管理の精度を高める必要があります。たとえば、シナリオ分析やストレステストなどを活用することで、地政学リスクが企業の財務状況や事業活動に与える影響をシミュレーションすることができます。

各国の通商政策や規制の変更を常時モニタリングし、迅速な対応を可能にする体制を構築する必要があります。たとえば、専門のチームを設置したり、最新の情報を提供するサービスを利用したりすることで、規制変更をいち早く察知し、対応策を講じることができます。

これらの戦略を統合的に推進することで、企業は地政学リスクを最小化しながら、新たな事業機会を創出し、持続的な成長を実現することができます。そのためには経営層の関与のもと、全社的な取組みとして推進していくことが求められます。たとえばトムソン・ロイター社の貿易管理ソリューションのような、信頼できる情報プラットフォームも後押しとなります。

後編では、国際情勢が目まぐるしく変化するなかで、企業が海外事業展開とサプライチェーン施策を実行するための、実務的なポイントと自動化の方法を、各エキスパートの観点から語ります。

PROFILE

【対談メンバー】

恩田 達紀 氏
KPMGコンサルティング シニアエキスパート

元ハーバード大学国際問題研究所 客員研究員。野村総合研究所、三菱UFJリサーチ&コンサルティングおよび外資系コンサルティングファームにて戦略コンサルティング業務に25年あまり従事し、海外では50ヵ国以上でプロジェクトを実施。

稲田 誠士 氏
KPMGコンサルティング シニアアドバイザー

外務省および内閣官房、世界経済フォーラム等を経て、2023年末までユーラシア・グループ日本代表。地政学およびサステナビリティ経営を中心に企業向けアドバイザリー業務に長年従事。2025年日本国際博覧会「テーマウィーク:アジェンダ2025」アドバイザー

森下 馨
トムソン・ロイター株式会社 Head of Pre-sales, Japan

IT、分析機器・試薬メーカーのSCM部門や法務部門において貿易コンプライアンスの管理に従事。貿易実務経験を活かし、グローバル化に係る貿易管理DX化を推進。現在トムソン・ロイター株式会社にて日本市場のプリセールス統括マネージャーを務める。

【ファシリテーター】

新堀 光城 氏
KPMGコンサルティング アソシエイトパートナー

弁護士。経済安全保障・地政学サービスチームリーダー。国内外のリスク管理・規制対応・サステナビリティ施策のほか、中長期戦略策定に向けたビジネス環境分析支援等に従事。


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