米中間の競争、紛争、人権問題等により、近年の国際情勢は複雑さを増し、変化も早くなっています。2024年11月には、今後の動向を占う重要なカギとなる米国大統領選も行われます。
そうしたなかで、企業はどのように戦略を立て、海外事業展開やサプライチェーン施策を実行していけばいいのでしょうか。後編では、その実務における対応ポイントと業務効率化の方法を、各エキスパートの観点から語りました。
インテリジェンス機能の強化
新堀氏 国際情勢が目まぐるしく変化し、規制への対応の重要性も大きく増すなか、企業の間では「インテリジェンス機能の強化」の意識が高まっています。経営のインテリジェンス機能に関する現状と企業課題についてお聞かせください。
稲田氏 2024年の足元をみても、米中対立の激化、ウクライナ情勢の長期化、世界的なインフレと金融引き締めなどがあり、グローバル企業の経営環境はかつてないほど厳しさと複雑さが増しています。残念ながら、こうした地政学リスクが劇的に低減することは、少なくとも向こう十数年はないのではないでしょうか。あらゆるビジネスパーソンにとって、未曾有の時代に入っていると言えます。
こうした状況にあって、企業のインテリジェンス機能強化は喫緊の課題となっています。ただし現状では、多くの日本企業がインテリジェンス機能の重要性を認識しつつも、その体制構築や運用に課題を抱えています。
トムソン・ロイター社とKPMGが2024年に公開した「地政学・経済安全保障リスクサーベイ2024」をみても、各事業部門や経営幹部と連携してインテリジェンス機能を運用できている企業は、約2割にとどまるのが現状です。
企業における具体的な問題点としては、主に以下の4項目が挙げられます。
1.情報収集・分析の分散化:多くの企業で、地政学リスクや経済安全保障に関する情報収集・分析が各部門に分散し、全社的な視点での統合的なリスク評価を行えていない。
2.専門人材の不足:地政学や経済安全保障に精通した専門人材が不足し、質の高いインテリジェンス機能の運用に支障をきたしている。
3.経営層との連携不足:インテリジェンス機能と経営層との連携が不十分で、得られた情報や分析結果が、迅速な経営の意思決定に活かされていない。
4.テクノロジーの活用不足:AIやビッグデータ分析など先端技術を活用したインテリジェンス機能の高度化が遅れている。
新堀氏 このような課題に関連して、企業では、インテリジェンス機能にかかわる部門・チームの新設や、経営企画部門やリスク管理部門などの既存組織の役割を見直す動きがみられます。特に、施策の部門間連携や実行力強化、効率的なオペレーションを実現するためのポイントはいかがでしょうか。
稲田氏 先にお話した課題に対するアプローチも踏まえて、以下のポイントが挙げられます。
1.専門部署の設置:
CEOやCROの直下に、インテリジェンスや経済安全保障に関する専門部署を設け、各部門の情報を統合・分析する体制を整備することで、全社的なインテリジェンス機能の構築を図る。
2.人材育成:
地政学や経済安全保障の専門家の採用や、既存社員の教育・訓練を通じて、インテリジェンス人材を育成する。
3.経営層との連携強化:
インテリジェンス部門と経営層が情報共有を図ることができる定例会議など、リスク情報を迅速に経営判断に反映させられる仕組みを構築する。
4.先端技術の導入:
情報収集・分析ツールの導入や、ビッグデータ分析基盤の整備など、先端技術および関連サービスに投資し、積極的に導入を進める。
こうしたアプローチが、有用なインテリジェンス機能の構築に際して、肝となってきます。
考慮すべきアメリカの「優先国」
新堀氏 経営層や事業部門では、こうしたインテリジェンス機能を中長期の事業計画や海外事業戦略、サプライチェーン戦略にしっかりと活かすことが課題に挙げられます。前編では今後の国際関係に関する基本的な視座をお話しいただきましたが、より具体的に今後の海外事業やサプライチェーン戦略の検討ポイントについて、恩田さんはどのようにお考えでしょうか。
恩田氏 海外事業戦略で1番のポイントになるのが、今現在、アメリカがどのような国を優先しているかです。実は、アメリカの「優先国」は明確になっています。
アメリカの優先国は4つのカテゴリーに分かれており、以下7つの指針を基準としています。
①「アメリカのインド太平洋戦略の優先国」を重視すること
②「中露の軍事的友好国(中露との軍事同盟国)」をできる限り避けること
③「専制主義国家(アメリカの民主主義サミットへの非招待国)」の政権によるカントリーリスクを考慮すること
④「宗教対立国(イスラム対ユダヤ・キリスト教の対立の様相へ波及する可能性のある国)」をできる限り避けること
⑤「新たに同盟強化や、包括的パートナーシップへの格上げを行った国」を重視すること
⑥「有事のリスクの大きい国」をできる限り避けること
⑦「優先度が高くても、テロのリスクが大きい国」は避けること
①は、バイデン政権が2022年10月に発表したホワイトハウス声明で明言されました。
こうした指針のもと、優先国は以下のようにカテゴライズされています。
優先度A | アメリカ、オーストラリア、インド、イギリス、日本 |
優先度B | タイ、シンガポール、ベトナム、インドネシア、マレーシア、台湾、韓国、フィリピン |
優先度C | ニュージーランド、太平洋島嶼国 |
上記に挙げた国との付き合いにおいては、地政学・経済安全保障リスクはそれほど高くなりにくい他方で、それ以外の国との付き合いにおいては、リスクを注視することが必要になってくると考えられます。
貿易管理ソリューション
新堀氏 海外事業戦略やサプライチェーン施策を実行するにあたり、盤石かつ効率的な貿易管理オペレーションが求められます。トムソン・ロイター社では、貿易管理を高度化するためのソリューションを提供しているとうかがっていますが、そのソリューションの特徴や活用事例についてお聞かせください。
森下 当社のソリューションは、グローバル観点での貿易に関する大きなプラットフォーム上に、モジュールと呼ばれる各製品を付け足していくことで、目的に合わせたワークフローや貿易管理が行える点が特徴です。
以下に、3つの使用例を紹介します。最初の例は、コンプライアンス上、非常に重要となる安全保障貿易管理です。
例1: 安全保障 貿易管理 | Global Classification(品目管理 – 該非判定) |
Export Management(輸出管理 – 取引審査) | |
Denied Party Screening(懸念取引先スクリーニング– 顧客審査) | |
Global Trade Content(リスト規制品目情報) |
このように、必要な各タスクを、それぞれのモジュールを通して遂行していきます。大きなポイントは、安全保障貿易管理を実行できることはもちろん、グローバルレベルでの輸出管理に対応していることです。そして、テクノロジーを活用してそれを自動化できるところにあります。
続いての例は、FTAです。FTAを活用した関税削減に関しては、きちんと管理しないと後々の検認で、解釈の違いなどで大きな追徴課税が発生する事態にも見舞われかねません。そうしたことから自社を守る意味で、FTAにおいてもコンプライアンスを担保する必要があります。
例2: FTA | Global Classification(品目管理 – HSおよび金額、原産国等の品目管理) |
FTA Management(BOMやサプライヤーの管理、BOMの計算自動化) | |
FTA Analyzer(自社取引実績情報を用いた、活用可能なFTAの効果試算) | |
Global Trade Content(HS・FTA税率情報) | |
Trade Lane Analyzer(HS・FTA税率を取引経路ごとにマッピング) |
FTA Managementのモジュールでは、取引先にサプライヤー証明を依頼し、届いた証明書を一元管理するタスクを遂行できます。プラットフォーム上で完結するので、証明書をメールなどで一つひとつ管理する必要がありません。また、FTAは品目情報がキーとなります。そのため、グローバル拠点と品目情報を共有し、国を超えての情報アクセスが可能となる点も大きなポイントです。
またGlobal Trade Contentのモジュールも非常に便利で、HSコードと輸出国・仕向け先を基に、FTAが使えるかどうかと、そのパーセンテージがいくらかを、マップ上に一覧表示します。これを使うことで、実際に工数を大きくセーブされたお客さまがいらっしゃいます。
3つ目の例は、人権デュー・ディリジェンスです。
例3: 人権デュー・ ディリジェンス | Supply Chain Compliance(サプライヤーへのアンケート送付とその管理) |
Denied Party Screening(懸念取引先スクリーニング) |
まずサプライヤーに人権とコンプライアンスに関するアンケートを送付し、自動で回答を分析し、懸念取引先をスクリーニングするというソリューションです。KPMGのようなアドバイザリーの知見を用いて、個社ごとの人権定義・ポリシー制定を行ったうえでソリューションを活用されると効果的です。
当社の貿易管理ソリューションの最大の強みは、グローバルレベルで情報を一元管理でき、自動化することで工数を削減できる点です。また、グローバルで使えるSaaSサービスのため、国を越えた担当者とのやり取りもスムーズに行え、業務効率の改善に大きく寄与します。
総括
新堀氏 ここまで、海外事業戦略やサプライチェーン施策の策定・実行や業務効率化の要点をお話しいただきました。最後に、皆さんからまとめの言葉をいただけますでしょうか。
恩田氏 アメリカが「Small Yard, High Fence(小さな庭に、高いフェンスを設ける)」を掲げて進める、特定の対象品目での経済安保措置は、今や対象品目が広がってMiddle Yardと言える状況になっています。そして将来的には、冷戦時代のCOCOM(対共産圏輸出規制委員会)にも近いような、一層厳しい措置になっていくことが考えられます。
国際動向を踏まえてよりよい戦略策定を行うには、今後もアメリカの戦略を注視することが、大きなカギとなります。
稲田氏 これまでもお話ししたように、世界の分断は不可逆的なもので、企業がその影響を避けることは難しくなっています。ただ、それでも企業はしっかりビジネスを展開し、 貿易通商によって日本経済の継続的な成長を確保していかなければなりません。
それには、貿易リスクの最小化と事業機会の拡大を両立する効果的な投資が重要となってきます。未曾有の時代だからこそ、ぜひインテリジェンス機能や貿易管理ソリューションを活用して、持続可能な成長発展につなげていただければと思います。
森下 こうした国際情勢であっても、この国では直接ビジネスを展開できないが、こちらの国からであればビジネスを展開できるといったことが往々にしてあります。それをコントロールするには、やはりグローバルレベルの情報を持っておくことが大切です。当社のソリューションは、そうしたグローバルのさまざまな情報を、プラットフォーム上で一元管理することができます。
他方で、こうしたシステムを使った貿易通商をよりよいものとするには、専門的な知見をベースにお客さまに寄り添うアドバイザリーの力も大きな後押しとなります。KPMGのアドバイザリーと当社のデジタルソリューションをパッケージで提供することで、日本企業のさらなるグローバルビジネスの発展と強化を今後も引き続き支援していきたいと考えています。
PROFILE
【対談メンバー】
恩田 達紀 氏
KPMGコンサルティング シニアエキスパート
元ハーバード大学国際問題研究所 客員研究員。野村総合研究所、三菱UFJリサーチ&コンサルティングおよび外資系コンサルティングファームにて戦略コンサルティング業務に25年あまり従事し、海外では50ヵ国以上でプロジェクトを実施。
稲田 誠士 氏
KPMGコンサルティング シニアアドバイザー
外務省および内閣官房、世界経済フォーラム等を経て、2023年末までユーラシア・グループ日本代表。地政学およびサステナビリティ経営を中心に企業向けアドバイザリー業務に長年従事。2025年日本国際博覧会「テーマウィーク:アジェンダ2025」アドバイザー。
森下 馨
トムソン・ロイター株式会社Head of Pre-sales, Japan
IT、分析機器・試薬メーカーのSCM部門や法務部門において貿易コンプライアンスの管理に従事。 貿易実務経験を活かし、グローバル化に係る貿易管理DX化を推進。 現在トムソン・ロイター株式会社にて日本市場のプリセールス統括マネージャーを務める。
【ファシリテーター】
新堀 光城 氏
KPMGコンサルティング アソシエイトパートナー
弁護士。経済安全保障・地政学サービスチームリーダー。国内外のリスク管理・規制対応・サステナビリティ施策のほか、中長期戦略策定に向けたビジネス環境分析支援等に従事。
ONESOURCE Export Compliance
安全保障貿易管理
サプライチェーンリスクに対応するソフトウェア
トムソン・ロイターでは、サプライチェーン全体の可視性を高め、コンプライアンスを管理し、リスクを軽減するための統合的なソフトウェアを提供しています。データ集約型のサプライチェーンマネジメントシステムで企業、部門、個人を問わず調査、依頼、通知をオンラインで実施、管理することができ、ペーパーレスを推進し、管理コストと業務負担を軽減します。