ESGとリスク&コンプライアンス領域の関連性

情報開示に関する新たな規制の策定により、企業や金融機関は、ESGに関する業務をリスク管理部門やコンプライアンス部門の管理下に置くようになってきています。

新たな規制の動向とESGの関連性

2021年3月、証券取引委員会(SEC)は、企業に対する新たな環境、社会、ガバナンス(ESG)開示要件を公表しました。この新たな規則の下で、上場企業は気候関連の開示を強化し、標準化する必要があります。そして、異常気象の影響やリスク管理プロセスに関するガバナンスなど、気候リスクの開示も併せて義務化されています。

同様に、欧州では、企業の持続可能性報告指令(CSRD)が発効され、2023年度以降、企業は環境・社会的影響活動に関して規格化された報告書を定期的に発行することになりました。

まだ明確に定められていないものの、このような現在の規制を考えると、ESG問題は主に自主的な開示志向の次元から、組織内でのESG情報の収集、検証、対応に大きな影響を与える次元に移行しつつあることは明らかです。

重複する各機関へのESG報告

近年、ESGデータ報告の標準化を図るために様々な仕組みが整備されていますが、その目的は重複している場合が多く見受けられます。例えば、新しく設立された国際サステナビリティ基準委員会は、投資家のための基準を定義することを目的としています。しかし以前より、カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト、気候変動開示基準委員会、グローバル・レポーティング・イニシアチブ(GRI)、価値報告財団(SASBと国際統合報告評議会の統合により設立)などが、財務会計とサステナビリティ開示の両方を含む包括的な企業報告システムを構築するための指針や規則を策定してきました。

大企業では、上記のような仕組みを組み合わせて運用することが一般的です。例えば、コカ・コーラ社や3M社は、SASB、GRI、財務情報開示タスクフォース、国連サステナビリティ目標を報告および指針として採用しています。しかし、情報収集が任意ではなく、義務付けられた要件となった場合、様々な影響が出てくるでしょう。

サステイナビリティ担当者の役割の変化

多くの場合、データ収集は、環境課題に対応するための持続可能な企業方針を立案し、実施するサステナビリティ担当者の業務となります。担当者は専門家として、企業の環境への影響と環境関連資源に関する対応に責任を負います。例えば、ある企業が工場の屋根にソーラーパネルを設置したり、風力発電所からエネルギーを購入する場合、企業のエネルギー構成戦略に沿ってサステナビリティ担当が様々な調整や決断をすることになります。また、サステナビリティ担当者は、こうした方策を市場に随時発信する責任を負っており、多くの場合、広報やIR担当よりに先んじて発信していくことが求められています。しかし、法律で情報開示が義務付けられるようになると、この責任は変化することが予想されます。

サステナビリティ担当者は、企業の未来志向の姿勢を示すために企画を調整したり、対外的にアピールをするだけでなく、新たな責任として、客観的なデータ提供や戦略的責任も期待されています。シーメンス社のサステナビリティ責任者であるオリビア・ホイットマン氏は、「サステナビリティ担当者は、結果を実現すべき役割を負い始めている」と述べています。「私たちは10年間、変革の担い手となるべく努力してきましたが、突然、プロセスを導入し、戦略について考えなければならなくなったのです」。

S分野とコンプライアンス領域の関連性

最近のSECが発表したスコープ 1(自社で の燃料の使用や工業プロセスによる 直接排出 の 温室効果ガス(GHG)排出量)とスコープ 2(自社で他社から供給された電気、熱、蒸気を使用した事による間接排出のGHG排出量)の報告義務化は、ESGデータとリスク・コンプライアンスの関連性を示す一例ですが、他の事象においても、ESG、なかでも特にS(社会的課題)分野がしっかりとコンプライアンスと関連づけられています。実際にESGとコンプライアンスの関連性に最も影響を与えている法律は、ウイグル強制労働防止法です。この法律は、新疆ウイグル自治区で強制労働によって生産された製品の米国への輸入を禁止しており、世界のサプライチェーンに更なるプレッシャーをかけています。

S(社会的課題)分野では、強制労働の禁止がサプライチェーンに適用される場合、企業の情報開示によって強制労働の問題に対処することができます。企業がESG基準を遵守していれば、規制要件を遵守することで事業活動やサプライチェーンに構造的な違いが生じることはないはずです。例えば、米国のレイシー法(違法に採取、所持、輸送、販売された木材を含む魚類、野生生物、植物の売買を禁止する法律)の一部には、ESG関連の規制が含まれています。このような対策は、ソーシャル・ガバナンスの開示の中で扱われますが、同様に米国のアンチマネーロンダリング規制の一部でも扱われています。

単に規制要件を満たすだけでは不十分

ESGが規制要件を満たすことのみに終始している場合には、単純に要件項目を点検するだけでよいという考えもあるでしょう。このような方法で対応する企業は、もちろんコンプライアンスは遵守していますが、ESGに関連する全体的な戦略的意味を見失うことになります。

第一に、ESGの取り組みに関するデータは、リスクベースのアプローチを構築し、最終的にリスク管理責任者や最高財務責任者が行う企業リスク評価に適用されるべきです。そのためには、ESGデータを第三者機関のリスクデータ(例えば、公開された人物、制裁措置、汚職行為 者に関する情報など)と共に使用する必要があります。

第二に、コンプライアンスを超えた効果的なESG戦略を構築するためには、リスクと機会を明確に理解した上で、相対的なESG実績を長期的なビジネスプランに組み込むことが必要です。そして、環境・社会的要因や地政学的環境の変化に左右される分野では特にその必要性が高いのです。

ESGに対して実践を伴わないコンプライアンス精神や単なる点検的なアプローチでは、企業は投資家や顧客の期待に応えられず、将来のリスクに対する備えも不十分になりかねません。報告の観点からは、ESGに関する報告は、SEC報告、サーベンス・オクスリー法のような関連法、法定報告などの要件に匹敵する新しいデータ報告要件の一部となることが予想されます。さらに、これらの報告要件は、監査管理の目的でも利用できるようにする必要があります。

効果的なESGデータ戦略の構築

売上高5億ドル以上の上場企業の財務、会計、サステナビリティ、法務担当役員300人を対象にした最近のデロイト社の調査では、回答者の57%が、データの入手性(アクセス)とデータの質(正確性または完全性)が、開示用のESGデータに関する最大の課題だと回答しています。

データへのアクセスと質を向上させるために、企業は企業の情報開示と外部のデータソースを組み合わせた効果的なデータ収集戦略を設計し、実施する必要があります。このような戦略には、4つの重要な要素が含まれます。

  1. ESGデータの収集
  2. ESGデータの標準化と管理(様々なESGフレームワークに従って実施されるもの)
  3. 監査人を含む適切な意思決定者へのESGデータの提供
  4. ESGデータを分析し、企業のリスクと戦略の意思決定プロセスに組み込むこと

収集されたデータ項目のすべてが、今日、法律で義務付けられているわけではありません。例えば、エネルギー効率の指標と改善は、様々な報告枠組みに含まれていますが、まだ義務付けられていません。将来を見据えた企業は、収集した情報と外部のデータソースを組み合わせることで、ESGリスクを継続的に評価する必要があります。

なぜなら、近い将来、企業やその顧問先企業は、ESGデータを含むリスクベースのアプローチを実施することが当たり前になるからです。企業は、それに備えて準備を万全にする必要があります。


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