RCEPは日本企業にとってどのような利益をもたらすか?

〜メガFTA時代の貿易戦略〜

株式会社ロジスティック
代表取締役社長 嶋正和氏

2020年11月、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定が、日中韓やASEAN10カ国、豪州およびニュージーランドの署名により誕生する運びとなりました。世界のGDP、貿易総額および人口の約3割を占める “メガ自由貿易協定(FTA)”は貿易分野における今年最大の注目トピックのひとつと言えるでしょう。

本稿では、日本企業にとってのRCEPの可能性をはじめ、日英および日EUの経済連携協定(EPA)に関する注目のポイントや今後FTA等を活用するにあたって日本企業が注意すべき事柄や対応策について、11月27日に開催したFTAラウンドテーブル(主催:Thomson Reuters)にてご講演いただいた株式会社ロジスティックの代表取締役社長 嶋正和氏に語っていただいた内容をお伝えします。

1:RCEPは、日本企業、特にブロックの対象国(15か国)に製造拠点を持つ企業にとってプラスの利益をもたらすと言われています。RCEPの可能性についてどのように見ておられますか? また、日本のどのセクターが大きな利益を得ると考えていらっしゃるでしょうか?

嶋氏:まず、WTOはFTAをRTA(地域統合、Regional Trade Agreement)と位置付けており、リージョナルな貿易協定であるとの考えを持っています。その背景には、「地理的に近い国同士は活発に貿易を行なうであろうと想像できるので、それを円滑に実施できるように貿易協定がある方がよい」という考えがあります。

それに照らすと、近年政治的にも経済的にも決して友好的であるとは言えない状況が続いていた中国・韓国がRCEPに参加することになったという事実は、日本企業にとって意味のあることです。

世界的にも言えることですが、特に日本において中韓は大きなマーケットです。現在、米中対立などの懸案事項はありますが、そうであったとしても中韓両国との貿易を避けて通ることは難しいのが現状でしょう。そうした中で間口が広がったことは好意的に受け止められる、というわけです。

RCEP全体の具体的なメリットとしては、やはり日本の貿易総額の約5割に対して幅広く関税の撤廃が獲得できる点が挙げられます。特に、中韓との貿易総額はおよそ25%を占めますが、対EUの関税が2%程度であることに比べ、両国の関税はEU比で約4〜5倍にものぼるため、企業の課題のひとつになってきました。それがRCEPによって大きく変化するとなれば、企業にとっては「この好機を生かさない理由はない」という状況だと言えます。

また、RCEPによってブロック内は「累積」の対象となるため、調達した原材料を自国の原材料とみなすことができる点もメリットと言えます。例えば、ベトナムで調達したパーツを日本で加工して中国に輸出する、といった場合、パーツの段階から関税がゼロになったり、原産性を証明しやすくなったり、といったことが該当します。サプライチェーン上で完結できる製品の貿易は利点を感じやすいと見通されます。

前述の通り、製造業は利益を得られる可能性が高いと考えられますが、問題は「どう活用するか?」という点です。RCEPの協定内容を見ると、「どの国からの輸入か?」がポイントのひとつになっていると見て取れます。ここは重視すべき点で、「RCEPが実現すれば即座に関税がゼロになる」と喜ぶのは拙速だと言わざるをえません。

他方、RCEPについて、日本国内では「中国に偏った協定である」といった指摘があり、不要論や警戒する声も出ているようです。しかし、そのような見方は必ずしも正しいとは言えないと感じます。周知の通り、RCEPは日中韓に限ったものではなく、ASEAN諸国や豪州・ニュージーランドも参加しています。そのため、TPPのようにトップエンドにもっていくことはできず、各項目において「メガFTAにビジネス環境が馴染むまでに猶予を持たせている」という印象が強いのが特徴です。

そもそも同レベルで比較できないものですが、最終的な姿になるまで時間がかかる点はRCEPとTPPの最も大きな違いだと言えるでしょう。

2:日本はいくつかのメガディールの中心的な存在となっています。 最近の一例としては日英間のEPAが署名されました。
まず、日英EPAと日EU・EPAにはどのような違いがあるのでしょうか? また、日英EPAにおいて注目すべき特定のポイントや新しい利点はあるのでしょうか?

嶋氏:先日、我々が主宰する「FTA戦略的活用研究会」で精読をしてみましたが、日英EPAと日EU・EPAとでは基本的に内容が変わっていない、という認識で一致しました。宣誓書の文面もほぼ同じであり、異なる点と言えば「英国側で開放してもよい」と判断したものに対して門戸が開かれている場合がある、という部分くらいです。

ただし、日英EPA がまとまったとしても、EUと英国間のFTA交渉の行方次第では、日本企業にとって影響が及ぶ場合が考えられます。

ブレグジットが話題になった当初、日本企業からは、「英国からEU向けに輸出する際に関税が発生するのではないか?」、「パーツを英国に持ち込み、加工してEU圏内で販売する際のサプライチェーンの問題はどうなるのか?」といった懸念が出ましたが、今後のEUと英国間の協議次第では、この議論が再燃すると見通されます。英国内から工場を撤退させるかどうかが課題となるだけでなく、関税のメリットがなくなった場合に競争力を保てるのか、といった問題も出てくるでしょう。引き続き懸念が払拭されない状況が続くと考えられます。

3:近年、日本企業は様々な課題と向き合ってきましたが、特に新型コロナの流行は大きなインパクトになっています。大打撃を受けた自動車セクターに対して、どのようなメッセージがありますか?

嶋氏:自動車産業は非常に裾野が広い業界ですが、今日最も疲弊が大きいのはメーカーではなく、自動車関連部品を製造する企業だと考えます。これらの企業が事実上製品を作れなくなるような事態に追い込まれれば、さらに連鎖的に影響は広がっていくおそれもあります。

パーツ製造を担う企業は、今回の新型コロナの流行だけでなく、これまでメーカー側とのタイトな価格交渉を続けてきたことや、EV化に向けた技術革新への対応にも苦心してきたと想像できます。すでに考え始めている企業もあるでしょうが、先に挙げたような状況を踏まえて、これまでと同じ経営のあり方でいいのか? いかに新技術に適応していくようにビジネスをシフトさせるか? 真剣に向き合う必要があります。場合によっては、合併によって全体体力をつけていくことも経営戦略を考える上では重要なことではないでしょうか。

他方、少なくともアジア圏内でFTAが使えるようになったことは、パーツを製造する企業にとって追い風になると考えます。

4:新型コロナの流行によって円滑な物流に混乱が生じ、「サプライチェーンの見直しや再編が必要だ」との意見も増えてきています。その際、FTAをうまく活用する、という意識を織り込むことも必要だと言えるでしょうか?

嶋氏:経営陣やサプライチェーン・マネジメントを担う人材は、FTAを利用する理由について、「輸出時に関税が下がる」ということだけではなく、「どう活用できるのか」という発想で戦略的に考えていくべきです。また、どのような影響が生じるかというシミュレーションも積極的に行なっていただきたい取り組みです。

特に自動車産業はメーカーも含めて業界全体でディスラプションが起きようとしている過程にあります。Tier1以下、そのことを踏まえた経営の舵取りに迫られていると言えます。

5:FTAを利用する企業は年々増加していますが、大手企業が犯すよくある間違いは何ですか?また、ビジネスリーダーにどのようなアドバイスをしますか?

嶋氏:今日、企業にとっての間違いは「何もしないこと」です。結果的に問題を起こしている理由はそこにあると言えます。

例えば、FTAについて、経営者こそ知らなければならないにも関わらず、「FTAは複雑そうでよく分からない」という声が多々聞かれますが、1時間もレクチャーを受ければ十分理解できる内容であることは強調したいところです。

それにもかかわらずFTAを自分では十分に理解せず、コンサルタント頼みにしてしまい、「FTAで関税を何%か削減できる」というアドバイスを鵜呑みにしてしまう例がたびたび見受けられます。

実際のところ、本当にFTAの恩恵を受けられるかどうかは机上の理論とは別次元の話です。協定によっては、ある指定の場所で作ったもののみ原産性を認める、と定めている場合もあり、その定めに沿っていなければFTAを活用することはできません。

そうした現実を踏まえることなく数字だけを見て、実際にはできないにも関わらず「(FTAを)使えるよう努力をせよ」と言っても現場ではどうしようもない話です。

FTAは相手方がメリットを享受するものだからこそ、その利益をどう自社に引き寄せるか、考えることも必要です。これは経営戦略の一環とも言え、例えば、現地法人を立ち上げて輸出先(相手国にとっては輸入元)が得る利益を還元させたり、関税分の利益と同じくらいの取引を実現させるなど、戦略性が求められます。安価すぎる製品の証明書を発行し、コストやリソースをかけることがないように対処することも同様です。

また、現在FTAを活用している企業もRCEPが始まれば今以上に検認を受ける可能性が高まることを想定し、対策や準備をしておくべきでしょう。

検認の数については、株式会社ロジスティックが創業した2000年から見ても、2019年以来、その数が格段に増えています。RCEPが始まれば、「証明が正しいか?」という検認は絶対に訪れるはずです。場合によっては証明の不備を指摘し、製造工程の設計図のような機密情報や競争力の源泉になるような内容を開示するよう要求してくることも考えられます。

これはつまり、「検認の対応を現場任せにしていれば、現場担当者が重要性を理解しきらず機密情報を見せてしまう」といった情報漏洩のリスクが高まる、ということでもあります。検認への対応は個人レベルの問題ではなく、全社的なコンプライアンス対応とセキュリティ対策の問題であると捉えるべきでしょう。そして、経営者はその意識を高めておかなければなりません。

FTAの検認から始まる諸リスクや、「なぜ個人レベルでは対応しきれないのか」ということは体験しなければ想像しづらい部分もあるかもしれません。その解決策として、例えばFTA監査のデモを受けてみるなどして、自社の“弱点”がどこにあるのか、そしてなぜそれが“弱点”になりうるのか、解説してもらう機会を作ってみるのも対策の一歩になり得ます。

私たちがデモ監査をした例では、現場が「FTAはちゃんとやっている」と報告していたにもかかわらず、実際には証明に必要な書類が揃っていなかった、などの実態が発覚したケースが多々あります。そして、その多くの場合で、現場は「FTAについて経営陣に何か報告してもわかってくれない」という課題感を持っていたことが分かっています。

検認で当局から指摘を受けた場合、その矢面に立つのは経営陣です。その時に「分からない、知らない、報告されていない」と、対応が後手に回るようなことがないように、先ほどのようなリスクも含めて理解を深めていただきたいと考えます。

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