CPTPPは、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4か国で2006年に締結したP4協定が起源です。2010年に米国が、続いて日本などが拡大交渉に参加し、2016年に12か国で署名に至りましたが、米国の離脱によりTPPは発効要件を満たせなくなりました。
そこで日本がリーダーシップを発揮して協定の枠組を修正し、名称を変更して2018年12月に発効したのがCPTPPです。本記事では、CPTPP協定の発効がもたらす市場アクセスの拡大によって見込まれる経済効果や、各国の通商政策への影響や今後の展開について解説します。
また、関税戦略の最適化に役立つONESOURCE FTA Analyzerについても紹介しますので、貿易実務担当者の方はぜひ参考にしてください。
メガFTAの経済効果
ここでは、他のメガFTAとの比較のために、CPTPP、RCEP、日EU・EPAの経済効果についての試算結果をまとめました。TPP協定から米国が離脱を表明したことに加え、日本との貿易額の割合が高い中国や韓国が加盟しているRCEPと比べると、CPTPP協定の発効による経済効果は小さめです。(注1
CPTPP | RCEP | 日EU・EPA | |
---|---|---|---|
名目GDP(対世界比) | 13% | 29% | 24% |
人口比(対世界比) | 7% | 30% | 8% |
日本との貿易額に占める割合 | 15% | 47% | 12% |
経済効果試算 | 7.8兆円(GDP1.5%押上げ) | 15兆円(GDP2.7%押上げ) | 5兆円(GDP1%押上げ) |
出典:ITI 調査研究シリーズ No.141より筆者が作成
CPTPP締約国(カナダ、オーストラリア、メキシコ、シンガポール、ベトナム、ニュージーランド、ペルー、マレーシア、チリ、ブルネイ)が、日本の貿易額に占める割合は15%です。日本政府が実施した試算結果によると、CPTPP協定の発効による経済効果は7.8兆円(GDP1.5%押し上げ)となっています。
実際の貿易の動向を見ると、CPTPP協定の発効が与えた影響は非常に大きいと言えます。2018年度と比べると、2023年度の対CPTPP締約国に対する輸出額は26%の伸び、輸入額は53%の伸びを見せました。また、日本の農林水産品の対CPTPP締約国に対する輸出額は、79%増となりました。(注2
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CPTPP協定の発効が各国の通商政策に与えた影響
CPTPP協定の発効後、拡大の機運が高まっています。コロナ禍によるサプライチェーンの混乱、不安定な世界情勢によって世界経済が影響を受ける中、価値観を共有する同志国が結束し、通商ルールを構築しようとする動きが強まっています。(注3
ここでは、CPTPP協定の発効が中国、米国、その他の地域など、各国の通商政策に与えた影響について見ていきましょう。新規加入を果たした英国がもたらす経済効果についてもご紹介します。
中国の動向
中国と日本にとって初のFTAとなるRCEPが2020年11月15日署名に至り、世界最大規模のGDPと人口を誇る大型協定が誕生しました。さらにその5日後の11月20日には、習主席がCPTPP参加へ前向きな検討をすると表明し、世界を驚かせました。
中国はすでにCPTPP加盟国9か国との間で利用できる7つのFTAを発効させており、FTA未発効の国はカナダ、メキシコ、英国だけです。そのような中、12か国から成るCPTPPに加入要請を通報した中国の動機は、政治的な要因によるところが大きいと言えます。(注4
多国間主義を貫き、開放型世界経済を構築する姿勢を打ち出した中国には、米国不在のうちに加入して貿易ルール形成の主導権を握るといった思惑があるのかもしれません。しかし新規加入にあたっては、CPTPP加盟国のコンセンサスが必要となります。国有企業、労働や電子商取引などのルール面での課題も大きいために見通しは不透明であり、中国のCPTPP加入申請を検討する作業部会も現段階では設置されていません。(注5
米国の動向
離脱した米国は、TPP交渉ではリーダーシップを発揮して、米国が重視する国有企業、デジタル、労働などの分野で高い水準かつ先進的な通商ルール形成をアジア太平洋地域で目指していました。TPP協定には中国を牽制する隠れた意図がありましたが、極めて開放度の高いCPTPPに米国が復帰する目処は立っていません。
バイデン政権下で立ち上げられたIPEF(インド太平洋経済枠組み)についても、トランプ大統領は「TPP2」と発言しており、大統領就任当日には脱退を明言していました。一方、IPEFと交渉項目が類似した米台貿易イニシアチブの交渉は進んでおり、2024年12月には第1段階の協定が発効しました。しかし、トランプ大統領の対台湾政策は情勢によって変わる可能性があるため、今後も注視する必要があります。(注6
第2次トランプ政権は、中国やカナダ、メキシコに対して追加関税を課すなど、次々と関税戦略を打ち出しています。先行きが不透明で不安定な情勢が続いていることから、CPTPPの潜在力をどのように発揮するかが重要視されています。
仮に中国のCPTPPへの加盟が実現すれば、アジア太平洋地域において経済的優位性を確立し、安全保障面でも影響力が増すことが予想されます。経済的な恩恵が期待されることから、米国の復帰を期待する声もありますが、中国が正式に加入要請したことで米国の復帰が難しくなるとの懸念もあります。
各国・地域の動向
CPTPPにはASEAN4か国が加盟しているほか、中国と台湾も加入要請を通報しています。タイ、韓国、フィリピンも参加に関心を示していることから、東アジアにも影響が拡大する可能性が出てきました。(注3
中でも台湾は、中国が台湾のCPTPP加入に反対を表明しているほか、米中技術覇権争いが繰り広げられている半導体産業が盛んであるために、地政学及び経済安全保障の観点から動向が注目されます。なお、台湾は福島第一原発事故後の日本産食品に対して輸入規制措置を科しており、これがCPTPP加入への懸念材料となっていましたが、2024年9月にその措置は緩和されました。
G7メンバーである英国の加入と経済効果
EU離脱後の英国は、「成長著しいインド太平洋へのゲートウェイになる」「不公正な貿易や経済的威圧に対抗し経済安全保障の強化につながる」などのメリットを見出し、2021年2月にCPTPPへ加入要請を通報し、2024年12月に加入しました。G7メンバーである英国の加入によって、CPTPPが世界に占めるGDPの割合は15%に拡大しました。
英国は、CPTPPが2018年に発効して以来、初めての新規加盟国となりました。マレーシアやブルネイと締結する初の協定になる点も、英国にとって意義が大きいものです。さらに、英国はCPTPPに加入したことにより輸出品目の99%以上が特恵関税の対象となりました。英国にとってCPTPP11か国は貿易全体の8%を占めており、今後さらなる取引拡大が期待されています。(注5
CPTPPの今後
近年では、欧米のリーダーを中心に、これまで支持されていた自由貿易やグローバリゼーションからの転換を示唆する発言が相次いでいます。自由貿易よりも、サプライチェーン強化や地政学リスクへの対応が、政治上の喫緊の課題として示されているのです。このような状況の中、日本は一貫して自由貿易の旗を掲げています。(注7(注8
CPTPP協定は、関税自由化率が極めて高いほか、WTOでは規定されていない電子商取引、国有企業、労働、環境なども含む先進的なルールを備えています。今後はCPTPP加盟国を増やしながら、同志国間で通商秩序を構築し、自由貿易に伴うリスク低減に取り組む必要があるでしょう。
また関税負担軽減のメリットが大きいことから、締約国間における輸出入の拡大はもちろん、CPTPP域内貿易圏を軸にしたサプライチェーンの効率化・最適化が進むと考えられています。
まとめ:多くの国・地域において、FTA利用率が増加中
JETROの2024年度調査によると、近年中国や韓国などを中心にFTAを利用する国や地域が増加しています。FTAを利用する企業の多くは、取引先からの要請・指示や特恵関税率の低さで、特定のFTAを選択している状況です。(注9
ONESOURCE FTA Analyzer
しかしFTAの数が多い現状、どのFTAが最も有利な費用対策効果をもたらすかを判定することは容易ではありません。取り扱う商品数が多ければ、調査自体が非常に困難になります。そこで、貿易実務のデジタル化に取り組むのがおすすめです。トムソン・ロイターでは、取引データに基づき、どの調達国、取引経路、貿易協定が最適かを詳細に示す意思決定・分析ツール「ONESOURCE FTA Analyzer」をご提供しています。詳しくは下記リンクよりご覧ください。
参考URL
注1:令和4年度 RCEPがもたらすASEANを中心とした 貿易・投資への影響調査(2023 年 3月)|国際貿易投資研究所
注2:締約国との貿易等の動向|内閣官房
注3:欧米主導の新たな枠組み形成 同志国と価値観の共有で結束|日本貿易振興機構
注4:RCEPとIPEFの狭間でCPTPPは前進できるか|国際貿易投資研究所
注5:国際戦略コメント(2023-04)「イギリスのCPTPP加入の意義」|日本国際問題研究所
注6:America First Trade Policy を読む―第2次トランプ政権“Day One”の通商政策―|独立行政法人経済産業研究所
注7:2023年版 ジェトロ世界貿易投資報告|日本貿易振興機構
注8:自由で公正な貿易秩序と経済安全保障の両立(通商白書2023)|経済産業省
注9:2024年度 輸出に関するFTAアンケート調査 報告書(2025年4月)|日本貿易振興機構