ネットゼロとESG の複雑な関係 

 トムソン・ロイター財団dの主要イベントであるトラスト会議2021では、企業や金融機関が環境や社会変革に対して責任を果たしていくことが話題になりました。 

目標は実現可能か

昨年グラスゴーで開催された国連気候変動会議(COP26)では、何千人もの政治家やビジネスリーダーが、環境問題への取り組みとして二酸化炭素の排出量の削減、世界の森林保護、石炭への依存からの脱却、クリーンエネルギーへの投資、たくさんの木を植えることなどを誓い合いました。 

しかし問題は、どのように実現していくのかということです。 

これらの合意事項は、京都議定書やパリ協定など、過去にも行われてきましたが、守られた例はほとんどありません。 

説明責任を果たすために 

トムソン・ロイター財団の主要イベントである昨年のトラスト会議では、企業や金融機関の環境・社会面での説明責任について、気候変動に配慮した企業インセンティブの再構築を実際にどのように実現するかなど、多くのセッションが行われました。例えば、「 ネットゼロの達成:世界の次なる月面着陸ミッション?!」と題されたセッションでは、専門家によるパネルディスカッションが行われ、資本の流れや消費を規制するより効果的な方法を模索するなど、ネットゼロの課題の大きさが議論されました。 

ネットゼロは、月面着陸がそうであったように前人未踏で非常に困難なミッションですが、達成できれば大きなインパクトをもたらし、イノベーションを生む壮大な挑戦なのです。 

ネットゼロは、カーボン・ニュートラルよりもはるかに大きな野望であると言うべきでしょう。ネットゼロとは、二酸化炭素だけでなく、すべての温室効果ガスを対象とし、企業の温室効果ガスの排出量と、大気中から除去するガスの量が同じになったときに達成されます。2050年までに世界全体でネットゼロを達成することが目標ですが、実際に人間が生み出す温室効果ガスの排出量を削減するにはまだ程遠い状況です。 

法整備、政策介入の必要性

パネリストのトラビス・アントニオノ氏は、5,000億ドル規模のカリフォルニア公務員退職年金基金(CalPERS)で気候戦略を担当する投資マネージャーを務めていますが、ネットゼロの課題の大きさは誇張して語れるものではありません。投資によって構造的な変化を起こすことはできますが、「規模が大きく、分散している、つまりグローバルであるほど、一晩で排出量を劇的に減少させるレバーを引くことは困難です」とアントニオノ氏は言います。 

今後10年間で、多様なサステナブル投資ポートフォリオの排出量を50%削減することは「比較的容易」であるとした上で、「次の50%は難しい」と述べています。そして、「スケールとスピードという、時に相反する要素を両立させるためには、政策的な介入が必要になるでしょう」と述べています。そして、「消費者の行動を変えるために、炭素に価格をつける法律を制定することが、その第一歩となる」としています。 

先進的な企業のクリーンな取り組み

具体的な法的要求がなくても、一般の消費者や投資家は、企業が二酸化炭素排出量をどのように管理しているかを考えるようになっています。そのため、アマゾンやマスターカードなどの大手企業は、さまざまな形のサステナビリティに特化した部署やプログラムを設けて、問題に立ち向かおうとしています。例えば、アマゾンのサステナビリティ・アーキテクチャー担当副社長であるエイドリアン・コッククロフト氏は、同社が2040年までに正味のゼロ排出を達成するという目標を掲げ、2025年までに100%クリーンエネルギーで事業を運営することを約束していると語ります。 

アマゾンは模範となりたいとコッククロフトは説明します。「より多くの大企業に参加してもらえれば、排出量を早期に削減することができます」。また、アマゾンは膨大な数のサプライヤーネットワークにも脱炭素化を促しており、配送車両全体の電気化に向けたステップとして、EVメーカーのリビアン社に10万台の電気自動車を発注しているといいます。 

目標に対する責任

多くの企業や国にとって、気候変動に関する誓約をするのは簡単なことですが、その誓約に責任を持たせるのは非常に難しいことです。中国のNGO、ウィルソン・センターの公共環境問題研究所のディレクターである、パネリストのマー・ジュン氏は、2060年までにカーボンニュートラルを実現するという中国の公約の透明性を追求しています。 

調査の秘密兵器はデータです。中国初の水質汚染情報データベース「中国汚染水域マップ」や、食品産業のプラスチック削減の取り組みを政府や企業、一般市民が把握できるようにするためのアプリ「ブルーマップ」を開発しました。また、「中国では、環境データの透明性を高めることで、排出量を監視し、主要な排出者に責任を持たせるとともに、人々がデータを使って進捗状況を視覚化し、すべての人に責任を持たせたいと考えています」とジュン氏は語ります。 

一方で、もう一人のパネリストであるシエラレオネの首都フリータウンのイボンヌ・アキ・サウィア市長によれば、「富裕国が気候変動対策を約束しても、貧困国に対して必要なエネルギー資源の資金が投入されなければ、世界的な動きにつながらず、あまり意味がない」といいます。「エネルギーの不足は非常に深刻で、それを受け入れ、不平等を是正するための資金を提供する必要があります」とアキ・サウィア市長は主張し、さらに問題の一つとして、「必要な投資には資金が必要ですが、それは必ずしも利益をもたらすような投資ではありません」と付け加えました。 

ESGへの取り組み 

ESG(Environmental, Social, and Corporate Governance)の原則を企業に適用しようとする人々にも、同様の問題があります。実際、多くの企業のリーダーは、ESGの原則が社会に良いだけでなく、ビジネスにも良いという主張にいまだに懐疑的です。 

ESGの世界的な動きの中で、マスターカードは、ESG原則へのコミットメントを公開している大手企業の一つです。マスターカードのサステナビリティ担当兼副社長であるシャミナ・シン氏は、「私たちの目的は、包括的な社会を構築すること、つまり、成功と善い行いが両立する社会を構築することです」と語ります。 

法律事務所ホワイト& ケースのパートナー弁護士であるジャクリン・マクレナン氏は、「ESGの原則が効果的に機能するためには、法的な裏付けが必要です。幸いなことに、ESGは主流になりつつあり、企業の法的責任となっています」と指摘します。特に、人権侵害や児童労働に関しては、規制の変更が急速に進んでいるとマクレナン氏は語ります。「企業はサプライチェーンの調査を求められており、米国では児童労働で作られた製品の輸入を禁止しています」 

また、人権や強制労働に関するデューディリジェンスの要求も高まっており、EUでは環境と人権の分野でデューディリジェンスを義務付ける法律が制定されていると指摘しています。 

データと多様性 

「ESGの推進力を社会貢献に活かす」と題されたセッションでは、ESG運動のS(社会)の部分に焦点を当て、人権、労働者の権利、社会経済的不平等、賃金の公平性、より多様な雇用慣行など、重要なSファクターをどのように導入し、達成度を測定するかについてパネリストが議論しました。 

ESGに特化した投資グループであるエンジン No.1社では、マネージングディレクターのユセフ・ジョージ氏が、賃金の公平性、労働力の多様性、米国企業が多様なサプライヤーを雇用しているかどうかなどのデータをモニターする、企業の人種間の公平性監視システムの作成に携わっています。「このデータは、NGOや投資家が、アメリカの大企業100社がどのように行動しているのかを評価するのに役立ちます」とジョージ氏はます語ります。「また、データの透明性を高めることで、ギャップを見つけ、その情報をもとに、企業が戦略的なビジネスの意思決定をどのように地域社会と結びつけているかを企業と話し合うことができます」 

もちろん、これらのことは簡単ではありません。このような問題を解決するためには、社会のさまざまな分野における政策や投資を迅速かつ広範囲に変更し、世界中の政府、産業界、個人が参加し、約束し、協力する必要があります。 

2050年までにネット・ゼロ・エミッションと普遍的な社会的平等を実現することが技術的に可能であっても、それが政治的、社会的、経済的に実現可能かどうかは全く別の問題です。


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