人権制裁のあり方:マグニツキー法の効果

マグニツキー法(人権侵害制裁法は、人権侵害に対する効果的な制裁手段となり、取引先企業や政府に変革をもたらすでしょうか? 

グローバル・マグニツキー法(国際人権侵害制裁法)は、人権をテーマとした初の国際制裁プログラムです。すべての市場参加者がその定めに基づいて行動し、取り組むことができれば、人権侵害者を罰し、行動の変化を促すことができる、効果的かつ重要なプログラムとなります。 

しかし、人権関連の制裁措置は本当に機能するのでしょうか? 違反者を名指しで非難するだけで、実際の効果に乏しい形骸化した仕組みとならないでしょうか?  

制裁効果を最大化する4ステップ

マグニツキー法の現状を見ると、その成功と効果は次の4つの点にかかっていると言えます。 

   情報収集 →  制裁プロセス → 摘発  → 国際連携

第一に、人権侵害に関する情報が収集され、検証され、政府当局に提出されることです。このプロセスでは、非政府組織(NGO)、アドボカシーグループ、メディアが重要な役割を果たします。こうした違反行為への制裁が科されれば、制裁情報の認知普及が行われ、最終的に国際連携のもとで管轄地域間での情報共有が行われます。 

情報収集  

人権侵害を公にする活動は、国際社会や世界中のNGOによって多大な尽力がなされてきましたが、情報収集においては政府は人権団体に依存しています。これらの人権団体は、当事者に関する検証可能な情報を収集し、構築し、整理し、可視化する高度なデータ分析能力とデジタルプラットフォームを有しているためです。制裁の実施プログラムにおいては、この情報収集および当局への提出が、人権侵害者の実態を明らかにする上での重要な要素となります。  

例えば、NGOのヒューマンライツ・ファーストは、検証済みの情報をグローバル・マグニツキー法制裁プログラムに提出する積極的な活動を続けており、人権分野における影響力を有しています。米国のグローバル・マグニツキー法に登録されている340名以上の名前のうち、約3分の1がヒューマンライツ・ファーストによって提出されたものです。 

摘発 

しかし、人権制裁プログラムが効果を発揮するには、この情報提出プロセスを拡大し、情報の精度を高める必要があります。 

例えば、米国のグローバル・マグニツキー法では、制裁対象者が何らかの団体の50%以上を所有していた場合、その所有構造の調査解明が義務付けられていますが、政府当局には単独で完全な調査を行う能力はありません。そのため、こうした情報を収集する専門的なリソースと能力を備えたデータプロバイダや研究シンクタンクが重要な役割を果たします。 

AIを活用したアドバースメディア(不芳報道によるデューデリジェンスの実施 

企業や金融機関はデューデリジェンスの実施にあたり、いまだにGoogleなどのインターネット検索エンジンに頼っていますが、多くの場合、凡庸な結果に終わります。第一に、Googleは大量の検索結果が出ますが、整理するのに時間がかかるためです。また、検索エンジンでは、同じコンテンツが複数ヒットするなど、多くの誤検索が発生します。真の有害事象を判別し、対象の身元を特定するのが困難な場合があります。また、そうした検索では、重大な内容であっても主要なニュースソースに含まれていないものはカバーできない可能性があります。 

第二に、Googleは消費者向けの検索エンジンであるため、従来の検索エンジンではアクセスできないデータベースに埋もれた重要なコンテンツを、調査担当者が見逃してしまう可能性があります。 

第三に、犯罪者は、Googleなどのサービスプロバイダに報酬を支払うことで、ニュース集約サイトなどのウェブサイトから、情報を削除することができます。また、検索エンジンのサプレッション(隠ぺい)と呼ばれる、ポジティブなコンテンツを作ることで、ネガティブなコンテンツを見つけにくくするといったテクニックもあります。 

ですが、アドバースメディア・ソリューションは、人工知能を搭載しており、Googleタイプの検索では表示されない独自のデータベースなどの犯罪記録(地方の法執行機関の記録など)を発見できるため、人権侵害情報の摘発に重要な役割を果たすことができます。 

国際連携 

マグニツキー法は欧米の主要な民主主義国家すべてで採択されましたが、今後他国でも同様の法律が制定され、より多くの金融機関が統一されたルールに従うようになれば、侵害者の資産移転を制限できるでしょう。しかし、グローバルな人権制裁プログラムの効果を最大化するためには、制裁対象をめぐる国際的な連携が重要です。 

ある個人が人権侵害を理由に米国のマグニツキー法で禁止措置を受けた場合、世界の他の地域でも同じ個人に対して独立したデューデリジェンスが実施されるような相互連携のプロセスを構築する必要があります。このような情報共有は、そうした個人や企業の制裁を保証するものではありませんが、少なくともその案件は聴取対象となるでしょう。 

案件には、「人道に対する罪」「虐殺」「拷問」「その他の残虐な、非人間的な、または品位を傷つけるような扱い」など、重大な人権侵害を犯して制裁を受けたすべての対象者を含めるべきです。 

他の海外のバンキング・ヘイブンでも、マグニツキー法のような制裁措置が実施されれば、大きな前進となります。例えば、英国のマグニツキー法 の一環として、英国の海外領土も英国にならって同様の法律を施行しています。ガーンジー島、ジャージー島、ジブラルタル、ケイマン諸島では、英国で制裁を受けた団体や個人は、その管轄内の全口座を凍結されます。 

グローバル・マグニツキー法の効果 

グローバル・マグニツキー法は、人権侵害や汚職全般に対して効果を発揮しており、様々な人権問題において改善に至った例も数多くあります。 

例えば、アンドリュー・ブランソン牧師は、トルコ政府関係者に対する制裁発動を受けて釈放されました。また、不正な鉱山・石油取引で財産を築いたイスラエルの実業家ダン・ガートラーに対する制裁は、ガートラーの取引先の企業に間接的な効果をもたらしました。例えば、コンゴ共和国では、鉱山資産が低価格で売却されたことにより、13億6,000万ドルの歳入が失われました。またガートラーの制裁後、鉱山会社のランドゴールド社はガートラーとの関係を断ちました。 

イランや北朝鮮などの国を対象とした従来の制裁とは異なり、同盟国とされる国の出身であっても、人権侵害者を個別に問責できるようになりました。これにより、ガートラーの事例のように、制裁を受けた企業や個人のビジネスパートナーも制裁を受けるリスクがあり、圧力となります。 

欧米の民主主義諸国が団結し、人権侵害者とそれに加担する組織を把握し対処することによって、金銭的利益のための搾取もやがて改善するでしょう。これはサプライチェーンや金融システム全体についても同じことが言えますが、人権侵害が明るみに出たとなれば、そのような人権侵害者と取引したいと思う人はいなくなるでしょう。 

制裁を受けた企業や個人と取引するリスクは、グローバル・マグニツキー法などの規制基準や実施プログラムだけではなく、こうした情報が万人の目に晒されるというリスクも含みます。最終的には、こうしたリスクの方がより大きなリスクとなるかもしれません。上場企業は、このような提携関係が明らかになった場合、世論の反発を招き、投資家や株主のリスク評価が悪化する恐れがあり、最終的には収益を失うことになります。こうした違反行為が起きた場合、企業の信頼は大きく失墜し、財務的なリスクにつながる恐れがあります。 

実際のところ、人権侵害行為の改善をもたらす最大の要因は「透明性の向上」であることは明らかです。 

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