企業はESGの「社会的」課題の取り組みをどのように数値化しているか 

ESGの優先事項のなかでも社会的課題は、往々にして環境課題の後塵を拝していますが、これらの課題は関連しており、企業が考慮すべき重要な課題です。 

企業の環境、社会、ガバナンス(ESG)目標に関する関心や規制のほとんどは、E(環境)分野に集中しています。しかし、「E」に注目が集まる背景には、「S」すなわち「社会」の側面を含んでいるのです。 

もちろん、地球上で十分な酸素と食料を確保し、生計を立てるために、きれいな空気、土地、水は必要不可欠であり、人類が繁栄し続けることが最大の理由であることは言うまでもありません。環境は、すべての生き物の生存を可能にする生息地に関わる問題なのです。 

一方で、S(社会分野)の様々な課題を理解しようとすることで、製造物責任の要素から労働力の問題、地域社会の問題、そして人権に至るまで、様々な要素に落とし込むことができるのです。 

ビジネスと人権問題の明確化 

ビジネスと人権の関連性は、2017年のNYUスターン・センター・フォー・ビジネスが公表したレポートで「企業が関わる人々やコミュニティの労働やその他の人権に対する業務上の影響」と定義され、よく知られています。ESGワーキンググループ(トムソン・ロイター財団がメンバーとして参加)が発表したレポートでは、この定義が基盤となっていることが強調されています。 

2011年に国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」が採択され、2015年には国連加盟国が「国連サステナビリティ目標」を採択し、投資家と市民社会団体が協力して企業の人権に関する公開・実績ベンチマークである「企業人権ベンチマーク」を設立するなど、ビジネスと人権の関連性に対する多国間の取り組みのはじまりは10年前に遡ります。 

その後、2015年の英国現代奴隷法、2018年のオーストラリア現代奴隷法、カリフォルニア州サプライチェーンの透明性に関する法律など、多くの国や州で、企業が自社やサプライヤー、ベンダーなどの組織内で労働搾取や強制労働を行っていないことを確認するための「透明性規制」が制定されています。 

ESGの社会的側面の可視性を高めるには、数値化できないという神話を打ち砕くことにあります。現代奴隷制との闘いにおいて持続可能な実践をもたらすことを目的とした民間の会員制組織であるメコンクラブのマ ット・フリードマンCEOは、この神話を覆すことを目指し、ESGの社会的側面を数値化し評価する2つの方法について提案しています。 

マット・フリードマン氏 

1.サプライチェーン監査の実施  

 MSCIワールドインデックス企業1,600社の分析を含むESGワーキンググループの報告書によると、サプライチェーンは企業のESGに最大で40%もの影響を及ぼすとしています。フリードマン氏は、企業がサプライヤーやベンダーと取引する際に、調査票を配布し、回収することを提案しています。この調査票を基に、現代奴隷制の潜在的な事象を特定し、また分析、管理することができます。 

2.人権に関する苦情処理体制の確立  

 企業がテクノロジーを活用する最新の方法として、苦情処理プロセスの構築においてアプリを使用することが有効です。例えばフリードマン氏によると、メコンクラブは、監査人が工場の現場で労働者に(携帯端末と母国語のヘッドフォンを使って)、仕事に関連した借金があるかどうかなど搾取の可能性について一連の質問をし、現代の奴隷制違反が行われているかどうかを確認できるアプリを使っているそうです。 

DEIの取り組みの出発点 

社会的指標開示の一環として多様性、公平性、包括性(DEI)の問題を考える場合、まず、株主、顧客、従業員、企業が事業を行う地域社会の住民など、各企業のさまざまなステークホルダーにとってS(社会的課題)のなかで重要となる分野を見極めることが重要です。 

どの企業にとってもSで共通する部分は、社会的地位が十分でないアイデンティティや背景を持つ社員の待遇改善でしょう。まず、どの企業においてもS分野に関する課題解決の取り組みを始めるにあたって、性別、LGBTQ+の有無、人種や民族、障害者、退役軍人の有無などに基づいて、各階層の現状を把握することが重要です。そして、公平な昇進や適切な賃金の公平性を判断するためには、同等の職種の中央値と比較して、各アンダーリレーション・アイデンティティの昇進・昇格のタイミングや、賃金を調査することが重要となります。 

企業が従業員や契約社員の社会的流動性や進歩をどのように改善しているかを分析することも、Sに影響を与える分野ですが、影響を数値化するための主要業績評価指標として何を用いるかによって、結果がかなり異なる場合があります。幸いなことに、この課題に取り組んでいる企業もあります。ESGワーキンググループの報告書によると、例えば、ジャストキャピタル社は、社会、給与、多様性に関する様々な問題についての業績を詳細に説明し、データと洞察を公表しています。 

企業の社会的責任に対する配慮はこれまで重要視されず、あるいは優先順位が低いと見なされてきました。その一方で過去10年間の多くの研究活動は、その反対の結果を明らかにしています。スタンフォード大学のソーシャル・イノベーション・レビューでは、未公開企業および公開企業の株式ポートフォリオにおいて、優れた環境・社会的な実績と全体的な財務利益の間に正の相関関係があることが明らかになりました。また、2014年の報告書、マッキンゼー・アンド・カンパニー社による民族と性別の多様性に関する長年の研究により、企業内の多様性が上位4分の1に入ることと財務パフォーマンスの間に関連性が高まっていることを示しています。 

さらに、世界中の規制当局が、社会的課題への対策と財務リスクの相互作用に注目しています。例えば、欧州連合(EU)はダブルマテリアリティという概念を導入し、企業が社会・環境問題によってもたらされる財務リスクを開示するよう定めています。 

幸いなことに、多くのグローバル企業やそのサプライヤー、ベンダーは、このままではいけないと気が付いています。「アジアの工場は、悪い兆しに気づいています」と、フリードマン氏は言います。「ある工場では、ESGが大企業にとって大きな問題であることを理解していると言っていました。そのため、競争力を高めるために多くのサプライヤーやベンダーは、企業からの調査票が来ることを見越して、必要なデータを集めているのです。 


トムソン・ロイター・スペシャル・サービス(TRSS)

取引先を知り、サプライチェーンコンプライアンスを確保する

ある個人の過去または現在の商取引の履歴を知らないまま、その個人との間で契約や取引関係を結んでしまうと、企業に重大なリスクがもたらされる可能性があります。

デューデリジェンスを強化するには、より深い情報で適切なコネクションを浮上させることが必要です。グローバルデータ、コンテンツに関する専門知識、テクノロジーを独自に融合させ、つながりやネットワークを明らかにするだけでなく、パターンや行動を意味付けるデューデリジェンスレポートをお届けします。

トムソン・ロイター・スペシャル・サービス(TRSS)の詳細はこちら


ビジネスインサイトを購読

業界最新トレンド情報をアップデート

購読する