RCEPでより複雑化するFTA活用の運用管理

〜日本企業が取るべき対処法は?〜

EY税理士法人
大平洋一氏

2020年11月、世界のGDP、貿易総額および人口の約3割を占める “メガ自由貿易協定(FTA)”として地域的な包括的経済連携(RCEP)協定が誕生しました。この貿易分野における今年度最大級のニュースに対し、期待や歓迎の声は多く聞かれます。しかし、そもそもこれを活用する際にどのような問題が生じうるか、冷静に見極めて備えておく必要があるはずです。

本稿では、EY税理士法人 インダイレクトタックス部パートナーの大平洋一氏に、日本企業にとってのRCEPの可能性や日英および日EUの経済連携協定(EPA)に関する注目点、今後FTA等を活用するにあたって注意すべき事柄やその対応策などについて語っていただいた内容をお伝えします。

1:RCEPは、日本企業、特にブロックの対象国(15か国)に製造拠点を持つ企業にプラスの利益をもたらすと言われています。一方、新しい協定である以上、生じうるリスクを想定し、事前に対応案を練っておく必要もあるでしょう。そこで、どのような注意点が挙げられるか、お考えをお聞かせください。

大平氏:ご承知の通り、RCEPは日中韓やASEAN10カ国、豪州およびニュージーランドが参加する“メガ自由貿易協定(FTA)”です。これを日本企業の立場から見た時、2つのポイントが挙げられると考えます。

1つ目は、日本が初めて中韓とFTAを結んだ、という点です。これまでも何度か試みはありましたが、議論が進まなかったという経緯がありました。RCEPは、ASEANを中心としたASEAN+1のFTAをひとつにまとめる中で、結果として日中韓のFTAも結ばれることとなった、といえるものです。このことはやはり日本企業にとって大きなプラスのインパクトになると言えるでしょう。

2つ目は、現在アジアでは多数のFTAが併存しており、その状態が続くことになるという点が挙げられます。例えば、日本とASEAN諸国との間だけを見ても、日ASEANの協定(AJCEP協定)だけでなく、日本とシンガポールやマレーシア、タイ、インドネシア、ブルネイ、フィリピン、ベトナムとそれぞれ2か国間のEPAが締結されています。さらに、一部オーバーラップする環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTTP)もあります。

これまでもFTAが複雑化・重層化している状態であったため、企業はFTAを活用する際に難しい運用管理を続けざるを得ませんでした。だからこそ、RCEPに対して、「将来的には各種FTAをひとまとめにした存在となり、貿易が活発するのではないか」と期待する見方が存在するのです。また、一部報道では、「似たような内容のFTAが乱立していて扱いづらい“スパゲティボール現象”が解消されるだろう」との論もありました。

他方、WTOはFTA定義について、「Substantially All Trade」、つまり、ほとんどすべての品目が網羅され、速やかにある一定の期間において無税化されることを挙げています。そして、これに準ずるように、日EU EPAやCPTPPでは発効と同時に可能な限りすべてにおいて無税化が行なわれるという意欲的な動きもありました。そのほかの例を見ても、関税引き下げのスケジュールは近年、短期化する傾向にあります。

しかし、RCEPに関しては、「関税撤廃率があまり高くないため、関税が下がらない品目も多数存在する」、「関税の即時撤廃率も高くないため、関税引き下げスケジュールについても16〜21年経ってようやく無税になるというスケジュールのものが多い」といった相違点があります。

このようなことから、企業が望む「RCEPによってアジアのFTAの管理がしやすくなる」という状況になるのは期待薄であり、既存のFTAを活用しながらRCEPも活用する、という状態が続くと見通されます。

企業は、複雑化・重層化しているFTAの各協定内容をしっかりと精査し、品目ごと、協定ごとに設定されているルールを十分に理解した上で法解釈をし、実務オペレーションの中でルールに抵触することなく対応できるよう運用体制の維持・強化を続ける必要があります。

ここで懸念されるのが、日本企業のFTA活用における現状の対応です。多くの場合、生産管理の部門など通常業務に従事する方々が個別にFTAを活用すべく対応している、というのが実態ではないでしょうか? しかし、そうした運用方法では早晩リソースの限界が訪れ、対応しきれなくなると想像できます。

最近では貿易の現場でも新しいテクノロジーが用いられるようになっています。そうした一部の運用管理業務をオートメーション化するためのツールやソリューションを導入するなどし、正確に早くFTAが活用できる体制を構築していくことが求められます。

2:近年、日本はいくつかのメガディールの中心的な存在となっています。中でも多くの企業が注目したのは英国との取引についてでしょう。ブレグジット後、欧州方面でのディールがどのような変化にさらされるのか、大いに注目されました。そのため、日英EPAの早期締結は歓迎されましたが、先ほどのご指摘と同様、日EU・EPAと並行するため複雑化するとも考えられます。今後、実務面でどのような点に注目するべきか、お考えをお聞かせください。

大平:日英EPAは、「世界にこれほどまで短期間で貿易協定を結んだ例は存在しないのではないか」と思うほど短期間で結ばれました。その理由は、少なくとも物品貿易においては日EU・EPAの協定内容をほぼ踏襲しているからだと分かります。

ここで十分理解すべきなのは、「UKはもうEUではないのでEUにとってUKは第三国になるが、EUの原産品は日英EPAの中では原産扱いできる」というルールがあることです。例えば、日本で完成品にしてUK向けに輸出する際、その製品の一部にドイツやイタリアなどEU諸国のものが含まれていたとしても、対UK輸出の際にはそれらを原産品として扱って良い、というわけです。

この背景には、これまでは日EU・EPAが活用できていたにもかかわらずそれができなくなることで生じるリスクを回避する意図があったと想像できるでしょう。このこと自体はメリットが大きいと言えます。

しかし、必ず起きると想定されるミスにも目を向けるべきでしょう。「日本からEU向けに輸出する製品の中にUKの部品等が含まれる場合、UKの部品等は原産扱いにならない」と分かっているにもかかわらず、日英と日EUのルールを取り違えて対処してしまう、といったことは、繁忙期など現場が混乱している時ほど起こりやすいと考えられます。

また、初期段階では適切にルールを理解して細心の注意を払って対応するものですが、数年も経てば注意力が落ちることもあり、単純ミスのリスクが高まるとも想定されます。そのような事態を回避するためにも、現場担当者レベルでFTA活用を進めるのではなく、テクノロジーの力を活用し、ルールと合わない内容が検知された場合は自動的にアラートが出るなどの仕組み化は重要です。

ヨーロッパ方面の貿易における課題は、日EU・EPAと日英EPAが併存することだけではありません。

例えば、原産地の証明は自己証明制度で運用されているため厳格なチェックが行き届いているとは言い難い状態だったことを自覚し、「リスク回避のために体制構築をしよう」と考える企業はこれまでもありましたし、これからもそうした動きは増えると見ています。

その体制構築の際、現状の変化を反映し、日EU・EPAと日英EPA 、そして英EU・EPAの3つのFTAをマネジメントできる体制であるよう再考しなければなりません。さらにUKはCPTTPへの参加意欲を示しているので、近い将来には4種のFTAについて管理運用することも踏まえる必要があるでしょう。

FTAが増えることによるコスト低減と貿易活性化、販売価格の引き下げによる競争力強化は総じて日本企業にとって喜ばしいものです。しかし同時に、FTAを管理するコストやリソース、正しく管理できなかった場合に負うリスクもFTA の数に応じて増える、ということを認識しておくべきではないでしょうか。

3:新型コロナウイルスのパンデミックが起きたことで、サプライチェーンの見直しや再編の動きも出てきました。そのような変化に際し、FTAを活用する中で日本の企業が陥りやすいミスとしてどのようなものが考えられるでしょうか?

大平:昨今のコロナ禍を受け、各企業は比較的早い段階からサプライチェーン再編を視野に動き出していたと感じます。

まず、多くの製造業において、コロナ禍以前のサプライチェーン・マネジメントは効率性を重視し、合理化を進め、「ある国で製造し、世界中に向けて販売(供給)する」という、地球全体をあたかもひとつの国であるように捉えることが一般的だったと言えます。

しかし、コロナ禍に限らず最近の国際貿易の見逃せないリスクである、「ある日、突然特定の国からの輸出ができなくなる」、「(特定の国から原材料や部品の調達ができなくなって)製造を止めざるを得なくなる」、「急に関税が25%まで引き上げられて翌月から関税率が急に変わることになった」というようなことが起きてしまうと、先に述べたサプライチェーン体制ではビジネスにマイナスの影響が出てしまう、との“発見”がありました。

そこで、今日では「合理化を追求しすぎることのリスク」を重く考え、よりレジリエンシー、つまり弾力性のあるサプライチェーンを組んでおいた方がより最適解に近づくのではないか? との考えが専門家を中心に表明されるようになっています。また、そうした考えと軌を同じくするように、「複数国で製造し、複数国からの供給する体制を構築する」という弾力性のあるサプライチェーンにシフトする企業も出始めています。

このような分散型のサプライチェーンへの移行は安定的なビジネス推進に寄与する一方で、管理しなければならない取引の数が増え、その数だけFTAも紐づいてくる、という状況を生み出します。サプライチェーンの数に応じて確認しなければならない事柄が増え、結局はリソースが圧迫される、という話に波及することもあるかもしれません。

このように想定される様々なリスクを踏まえ、人材とテクノロジーを合わせて実践的な管理体制の構築が急がれます。そうした種々の課題を含めて、我々EYでは「サプライチェーン・レジリエンス」という考え方とこの実践を提案しているところです。

4:複雑化・重層化するFTAに影響を受ける大手企業やそこで活躍するビジネスリーダーに向けて、長く国際貿易の現場に関わってこられたお立場からのアドバイスをお聞かせください。

大平氏:見聞きする限り、やはり様々なルールを正確に理解していないケースが多いように感じられます。特にFTAの活用において最も多い“勘違い”として挙げられるのは、「輸出当局が原産地証明書を発給してくれているのだから、何か問題が起こったとしても彼らが責任を取ってくれるはずだ」という発想です。

私も「新入社員に原産地証明書を取得するよう見様見真似でやらせてみたら取得できた。当局も証明書を発給したのだから問題ないだろう」との話を聞いたことがあります。念のため誰か社内の他の方が確認したかを尋ねても、「取得できたのだから良いだろう」という答えが返ってきたこともあるほどです。

しかし、この考えは明らかに間違いで、最終的に責任を取って関税の追徴や必要に応じて罰金を支払うのは輸入者側です。また、輸出者が提出した原産地証明書の取得プロセスに問題があったとして、それに輸出当局が気付かなかったとしても、のちに検認を受けることになるのは輸出者です。

中には輸出当局に不満を感じる意見もあるかもしれませんが、当局側としてもFTAの増加やこれを活用する企業の件数の多さにリソースが追いつかない状態であると想像できます。そのため、リスクベース・アプローチの考えのもと、提出された原産地判定の申請のうちよりハイリスクだと考えられるものを選んで注視しているのが実態だと考えられます。そうすると、多くは表面的な確認になってしまうので、「ルールを理解したつもりになって申請したら通ってしまった」ということも起こりうるわけです。

企業は国際貿易の現場には実際には何重ものリスクが潜在しているとの前提に立ち、もしもFTA活用のルールが間違っていたらどのような問題が起こるかを精査して管理体制をしっかり構築し、何かのきっかけで検認が入ったとしても即座に対応できるよう準備しておくことが極めて重要だと言えます。

5:最後に、管理体制を構築するにあたってどのような発想が必要か、アドバイスをいただけますか?

大平氏:前段で、「近年、貿易の現場で一部の運用管理業務をオートメーション化するためのツールやソリューションが出てきている」と話しましたが、テクノロジーですべてが解決するわけではないことも理解しておく必要があります。FTA関連のソフトは多々ありますが、「ボタンひとつですべての問題を解決してくれる」というものは未だ存在しません。

とはいえ、「ルールに合わないことが入力された場合、アラートを出す」という機能や、どのくらい節税が可能かを試算したり、サプライヤーにサプライヤー証明を送るよう自動で連絡したり、といった機能は確かに有用です。

他方、前述の機能を活用するためにも「サプライヤーにルールを説明し、きちんと理解した上でサプライヤー証明書を準備してもらう」といったケアは欠かせません。そして、そうした業務はテクノロジーではなく、商品知識や法的な知識などを十分に有した人材が対応する方がより適していると言えるでしょう。人材を新たに採用するか、しかるべき企業にアウトソースするか、検討する機会があってもいいのではないでしょうか? 私たちもそうした業務をサポートしており、HSコードの特定からサプライヤーの質問に答えながらサプライヤー証明の用意の仕方をレクチャーするなど幅広く対応しています。

今日の国際貿易において、輸入国側の税関当局は、「本来なら関税がかかるのだが…」と忸怩たる思いで認めてきたFTA関税のずさんな活用について相当なフラストレーションを溜めている状態だと考えられます。そのため、手続き上のミスを理由にFTA税率の適用を否認されるリスクが高まっているというわけです。

だからこそ、テクノロジーによって複雑化・重層化するFTAをハンドルしやすい環境を作り、必要な業務は適切なアウトソースによってサポートを受ける、という体制強化が今まさに不可欠なのです。それは現状への対応だけでなく、発生していたかもしれない問題を未然に回避することにも繋がると考えます。

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