「CAROTAR 2020」施行後に見えてきた日本企業のリスク

〜円滑な対インド貿易を実現するためにすべきことは?〜

株式会社ロジスティック
代表取締役社長 嶋正和氏

2020年9月21日から適用が始まったインドの「CAROTAR 2020」。この原産地証明に係る新たなルールによって、ビジネスの現場ではすでに混乱が起こり始めています。

本稿では、「CAROTAR 2020」の背景や要点を押さえた上で、日本企業にとって今後どのようなリスクが想定され、どう回避策し得るのか、そして対インド貿易においてFTAをうまく活用する勘所は何か、株式会社ロジスティックの代表取締役社長 嶋正和氏に語っていただいた内容をお伝えします。

1:「CAROTAR 2020」の適用開始から3ヶ月あまりが経ちました。あらためて、インド政府がこれを運用し始めた背景を解説いただけますか?

嶋氏:インド政府は、「近年、FTA締結国を介した迂回輸出など、いい加減なFTAの利用が増えている」と主張しており、それを解決するために原産地証明の審査を厳格にする、という大義名分を掲げています。

貿易協定では、本来的には協定内に示されていることは権利として認められているため、「CAROTAR 2020」はその範囲内でインドができることをしている、というわけです。

他方、これは対インド貿易に限らないことですが、検認環境が大きく変わっている点を指摘したいと思います。

現下、新型コロナウイルスの感染拡大に端を発する経済停滞の影響を抑えるべく、各国政府は大幅な財政出動に乗り出しています。そうした中でも税収を確保するためには、あらゆる“可能性”を模索しようと考えるものでしょう。

そう考えると、「CAROTAR 2020」のようなFTA税率適用への厳しい姿勢の裏には、適用否認とペナルティがセットになるおそれがあると警戒する必要があり、さらに、今後は検認数が増加することもあり得るとの危機感も持っておくべきではないでしょうか。

特に、検認はリモート対応もできるため、コロナ禍の影響を受けにくい、という事実も挙げられます。

2:「CAROTAR 2020」は輸入者が当局からの問い合わせに対応する義務を負うとのことですが、日本企業にとってどのような影響が生じるのか、その特徴と合わせてお聞かせください。

嶋氏:まず、「CAROTAR 2020」では、「輸入者に対し、輸入品の原産性を証明する情報や書類を保持するように求め、税関職員は原産性に疑いを持った場合、輸入者に情報提供を求めることができる」と定められています。つまり、輸入者がCTC対比表やVA計算書について回答する義務を負うので、日本企業(輸出元)は相手側(輸入元)から「この情報も、あの情報も」と、過剰な質問を受ける可能性がある、というわけです。それによって、輸入者側から価格等の交渉を迫られることがあるかもしれません。

さらに、税関職員に対して強く出られない現地の輸入者は、その要求に過度に応じようと、本来必要がない情報まで聞き出そうとしてくるケースも考えられます。その中には生産工程など企業にとって秘匿すべき情報に該当するものが含まれるかもしれません。しかし、対応する部署や一担当者がその重要度を正しく評価できず、現場の判断で情報提供してしまい、結果として情報漏洩につながってしまう、といったことも起きうると考えられます。

こうした事態を回避するには、すべての対応を現場任せにせず、上層部がグリップして経営戦略をもって対応する必要があると考えます。

なお、「CAROTAR 2020」で問われる範囲については、インド政府やジェトロからマニュアルが出ています。これをしっかりと読み解き、「(インド側の質問が)妥当なものかどうか?」を適切に見定め、範疇外であれば「それはお答えできませんが、原産性は日本商工会議所の認証を受けています」と、毅然とした態度で伝える必要があります。

とはいえ、冒頭にも触れた通り、インド側が権利主張できる範囲内の取り組みなので、企業としては「求めに応じて、可能な範囲で迅速に答えるしか解決策はない」というところです。

余談になりますが、「CAROTAR 2020」の施行について、日本はあまり強くモノを言えない立場にあります。今では簡素化されていますが、EUからの輸入に対し、日本も原産地証明の証拠書類に近いものを求めていたからです。そのような実績がある日本がインド側に「(書類や情報を)提供しない」と言えば、「日本もEUに提出するようルール化していたではないか」と指摘されかねません。「CAROTAR 2020」に関する根本的な解決は政府間の協議を重ねてもらうしかないとは言え、難しい舵取りが迫られるでしょう。

3:日本企業ができる「CAROTAR 2020」の対処法として、何が考えられるでしょうか?

嶋氏:先ほども述べたとおり、インド当局やジェトロの発行物を確認して対処するのが一番の近道です。これを疎かにして、「関税を利用すればコスト削減につながる」といったアドバイスを精査することなく受け入れれば、想定外のコストがかかることになりかねません。

すでに、通関ができずに物流が滞留してしまい、キャッシュフローに窮している、という企業も出始めていると聞きます。また、サプライチェーンの停滞を避けるため、本来であればFTA税率が利用できるにもかかわらず、あえて関税を支払って通している、というケースもあるとの話もあります。そうしたことも踏まえて、経営陣は、包括的な視点で方向性を定めるよう迫られていますし、それも踏まえて政府にも動いて欲しいと考えます。

4:「CAROTAR 2020」に関する今後の見通しをお聞かせいただけますか?

嶋氏:繰り返しになりますが、確かに協定内容には当局の検査は可能だと書かれています。しかし、企業からすれば、「通関時には証書(第三者証明)があるのだから通して欲しい」と考えるのは当然のことでしょう。

近年のインドはどちらかというと国内産業を強固に守る「保護貿易路線」に進んでいると見られますが、現地では製造していない医療機器の輸入も止まっているなど、現実には問題が発生していると推察されます。

一方、例えば豪州では、「関税は設定しているものの、国内で製造されていない製品に対しては無税にする」という考えを取り入れています。このような例を参考に、現地で製造していない製品については検査を控えたり軽くしたりするようにし、逆に国内で製造がかなうものについてはしっかりと検査をする、といったメリハリをつけてもらえるように、日本政府がインド政府に対して交渉を持ちかけるよう期待します。

他方、「CAROTAR 2020」については、「税関職員は“適用数”で評価される」との話もあります。日本企業はこのことを適切に警戒し、FTAの利用はもちろんのこと、汚職や贈収賄リスクへの対策や監査への対処、内部通報制度の充実など、波及すると考えられるあらゆる側面について意識を向ける必要があります。

貿易は単にモノを動かすということではなく、様々な事柄が関連し合います。経営陣はしっかりと状況を把握できるように体制を整えておくべきです。

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